黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【15】



 化け物は叫び声を上げる事はなかった。
 グァ、ガァ、と濁った声を数度出した後、その体から一瞬力が抜ける。だがすぐに羽が持ち上がって首を振る振動が腕にきたから、セイネリアは力づくで化け物の喉元に刺さった剣をそのまま横に薙ぎ払った。いくら生命力の強い化け物でも、喉から首半分を切り離されては生きてはいられない。今度こそエレメンサの動きが止まって、そのままセイネリアの上に覆いかぶさるように倒れてくる。びく、びく、と倒れ掛かったその体は数度痙攣し、だがすぐに動かなくなった。
 セイネリアは盾で受け止めたような体勢からその死骸を持ち上げて、立ち上がると同時に投げ捨てた。それから顔の右半分にかかったエレメンサの血を拭えば、カリンが真っ青な顔で駆け寄ってくるのが見えた。

「ご無事ですか?」
「見て分かるだろ」

 あまりにも必死なその顔に思わず笑う。続いてやってきたエルが彼の得物の長棒を地面に立ててそれにもたれかかるようにしながら大きくため息を吐いた。

「……ったく、キモが冷えたぜ」
「盾の耐性術はちゃんと効いているらしいぞ」
「いやでもよぉ……あんな近くから火ィ浴びたらやべぇって思うだろが」

 セイネリアは剣を鞘に入れてから自分の身体をチェックする。焦げた服の端を見て、どうやら今回脛当てをつけてきたのは正解だったなと考える。

「いやまったくお前さんは無茶をする、どれ見せてみろ、火傷くらいはしてそうだが」

 遅れてやってきたのはリパの老神官で、彼の役目からして二人はその為に場所を開けた。

「そうだな、腕と足を多少、という程度か」
「成程、装備があったところは無事か」
「そういう事だ、甲冑を着てたら良かったんだろうがな」
「その場合は蒸し焼きかもしれんぞ」
「それは盾で防げなかった場合だろ」

 治癒専門と自分で言っていた老神官は、言うだけあって治療の手際もいい。もともと大した怪我ではないが治して貰えるというならやって貰わない選択肢はなく、セイネリアは老神官にむかって患部を見せた。だがそこで、ウィズランと呼ばれていた男がやってきてモーネスの傍にしゃがみこんだ。

「すまん、そっちが終わったらこっちも頼む。グェンの奴、ちと骨がイってる」
「ほいほい、まぁ少し待て、こっちはすぐ終わる」

 確かにすぐには終わるだろうが、聞いたところ向こうの方が大けがだろう。どういうつもりなのかと老人を見ていれば、エルが言いにきたウィズランの肩を叩いた。

「俺でよきゃいこうか?」
「あー……いや大丈夫だ、あいつは自分で痛覚切る術を掛けてる」
「成程ね、まぁ大丈夫っていうなら専門家任せのがいいかね」

 アッテラの治癒術は確かにリパの術に比べればデメリットがある。とはいえいくら自分で痛みを止められたとしても、普通はさっさと治してもらいたいと思う筈で不自然ではある。確かグェンはアッテラ信徒だからアッテラの術は効果が高い筈でもあるし、妙に引っかかるものをセイネリアは覚えた。

「よし、これでいいな、では向こうにいくか」

 考えている間に治療が終わったようでモーネスはそこで、よっこいせ、と年寄り臭い声を上げて立ち上がった。セイネリアも装備を直してから立ち上がる。ウィズランが老神官の腕を引きながら去っていくのを見つめて、セイネリアはエルに聞いてみた。

「……ソレズドが挑発に投げていたのは魔石じゃなかったか?」
「あぁ、確かにそんな気がした」
「はい、確かに水晶魔鉱石でした」

 エルだけではなくカリンがそう返事をして、だからセイネリアはもう一つの疑問を投げかけてみる。

「エレメンサはそれを食っていた気がしたんだが、そっちからはどう見えた?」

 実を言えば、あの時セイネリアがエレメンサに攻撃を入れるのがグェンより遅れたのはそちらに気を取られていた所為でもあった。ただし、その後の攻撃でやはり一撃で倒せなかったところからして、セイネリアがグェンより先に攻撃を入れられていても同じ結果になった可能性は高い。剣の重さが足りなかったのと思った以上に硬かったのが原因とはいえ、火を浴びたのも怪我をしたのも自分のミスである事は確かだ。

「あぁ、それは俺も思った、まるで撒かれたエサに群がるみたいにエレメンサの奴は突っ込んでいったように見えた。ンで撒かれたモノを食ってたっぽかった」

 カリンが考え込んでいる中、エルが即座にそう返して来た。
 ならば確定していいか――セイネリアは考える。本当にエレメンサがあれを食べていたとするなら、ここへエレメンサが来るのはそもそも魔鉱石を食いに来ているからではないだろうか。ソレズドはそれを知っていたと見て間違いない。それなら使えるかもしれないと、セイネリアは先ほど取った魔石を一つ、すぐ取り出せる懐へ入れた。




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