黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【14】



 声に出せば、すぐに他の連中も気付いて準備を促す声が飛ぶ。

「慈悲深きリパよ、光を彼の盾に」

 老神官はリパの『盾』の術を次々と唱えていく。その辺りの手際の良さは流石といったところだが、今回のこの術はあくまで保険程度のものだ。なにせ『盾』の術は物理攻撃を一回無効にするだけのモノである、火を吐かれたら意味がない。

「あんたはそっちに回ってくれ、俺とグェンがこっちに回る」

 そう指示を出してきたのはウィズランという戦士で、カリンの報告では確かこの男がヴィンサンロア信徒だった筈だった。ヴィンサンロアは罪人を救う神で、術には制約があるものの警戒はしておいた方がいい。

「くるぞ」

 洞窟から空へとぽっかり開いた穴から、羽を広げて異形の化け物が降りてくる。噂では羽のあるトカゲという話だったが、実際は毛がないガリガリの大蝙蝠といった形容のほうがあっていて、辛うじて体が鱗に覆われている所為で爬虫類にも見えるといった見た目だった。

「確かに、人間より軽そうだな」

 腕や足は特にガリガリに細く、生物としてはどう見てもバランスがおかしい。羽の大きさの所為で飛んでいた時は大きく思えたが、着地して羽を畳めば人間程度の大きさになってさほど恐ろしい敵には見えなかった。
 ただ近くで見れば『化け物』という言葉が似合うだけはあって、人間の倍程ありそうな頭とその分大きい口から見える尖った歯並びは十分不気味である。人間など頭から丸ごと食べられそうなその口は、臆病者なら見ただけで失禁するかもしれない。

「……不格好な化け物だな」

 ただし、セイネリアの感想としてはそれしかなく、口元は嘲笑に歪む。

「カリン、お前は下がっていろ」

 予め彼女には余程の理由がなければ戦闘は見ているだけでいいと言ってあるが、一応声を掛けてからセイネリアは化け物の右へ回り込むように走り出す。グェンとウィズランも左側へ回り込んでいこうとするところで、そこで化け物を正面で待っていたソレズドが手を上げて挑発を始めた。

「こいよ化け物、ほらこっちだ」

 言ってソレズドは何かを投げた。それがキラリと光って見えたから、もしかして採取したばかりの魔石だったのかもしれないとセイネリアは思う。セイネリアにとっては訳が分からない謎の行動だが、エレメンサはそれを見ると左右の敵を無視してソレズドに向かって行った。その隙にセイネリア達攻撃役はエレメンサの視界外の後方に回り込むことが出来、盾を前に出しながらも警戒しつつ近づいていく。

 最初の一刃はグェンが、素早く走り寄って斬りつけた。

 だがそれはどう考えても失敗で、ギャァ、という奇怪な鳴き声と同時にエレメンサの羽が広がった。辛うじてセイネリアは伏せてその羽に当たる事はなかったが、ごうと耳元に響く風音と共に頭の上を大きな翼が通過していく。
 化け物はその場で羽ばたく。それによって巻き起こる風に、セイネリアは起き上がったが近づくのを一度断念してそのまま後方に一度退いた。
 この手の大きな羽をもつ化け物の場合、その羽によって起こされる風は十分に脅威である。吹き飛ばされる程ではなくても、動きが止まっているところに火を吐きけられたら終わりだ。このエレメンサが火を吐ける奴かどうか分からないのなら、吐ける事前提で考えるべきである。

 安全圏まで逃げて体勢を整えれば、どうやら斬りつけたグェンは広げた羽にふっとばされたらしく壁際に座って頭を振っていた。気絶せずに済んだのは運が良かったなと思いつつも、盾の術が入っていたのにぶつかったのなら随分トロ臭い男だとも思う。だがグェンが動けないのかその場に座ったままでいれば、エレメンサの顔がそちらを向いて彼の方に近づいていく。
 セイネリアは舌打ちをした。
 現状、まだ彼らがこちらを裏切るような行動をとってない以上、ここで見捨る訳にもいかない。それにグェンの方を向いたことで丁度セイネリアに背を向けた今はこちらにとって絶好の攻撃タイミングでもある。セイネリアは走り込む、そうして化け物の背中に向かって剣を振り下ろす。

 再び化け物がギャァ、と鳴いた。

 今度は化け物の尻尾がセイネリアを襲う。それを盾で受け止めはしたが、セイネリアはその場でよろけて膝をついた。ギャア、と今度は近くで化け物の声が聞こえた。顔を上げれば口を大きくあけた化け物の口の中が見えて、セイネリアは咄嗟に盾を前に出した。その直後、ボン、と何かが軽く爆発するような音と共に盾の周りの風景が赤一色に変わり、続いて熱がセイネリアを襲う。

 セイネリアでさえ歯を食いしばったその時間は、だがさほど長くはなかった。
 再び盾の周りに風景が戻る。それを確認してすぐ、セイネリアは盾を下して剣を伸ばした。思った通りまだ大口を開けていたエレメンサの口の中へ銀色の刀身が吸い込まれていく。そうして間もなく、剣が肉に食い込んだ感触と、ぶちぶちと筋を断ち切る手ごたえがセイネリアの手に返った。




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