黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【16】



 グェンの治療が終わると、すぐにまた全員で魔石の採取に戻る。ソレズドはグェンについていたからこちらにこれなかった事をセイネリアに謝ってきたが、別段怒る程の事ではないからそれはさらりと流した。カリンは明らかに不機嫌そうだったが、文句を言う事もなく黙っている事でソレズドに抗議をしていたらしい。それはソレズドに伝わったようで、彼はカリンの機嫌を取ろうと話しかけていたが悉く無視されていた。

「時間が勿体ないので、早く鉱石集めを再開しませんか?」

 カリンが言って背を向けた後、情けない顔で暫くその背を見ていたソレズドの姿は傑作だったが、セイネリアは別に笑いはしなかった。アジェリアンと違って、上級冒険者と言っても程度の知れる男だと思っただけだ。

 カチン、と高い音を鳴らして岩壁から剥がれ落ち、掌に収まる水晶魔石を眺めてからセイネリアはそれを袋に入れた。モノがモノであるから大きな袋に一杯に詰め込む事はせず、小袋に詰めていって一杯になったら一度上へあがる縄の下に置いて次の袋に切り替える事になっていた。

「一度向こう側に運ぶか」

 ソレズドが呟いたのはその小袋が詰みあがってきたからで、すぐにそれは実行された。ソレズドとエル、グェンが登って行って、エルが向こう側まで降りて荷物を受け取る役、ソレズドとグェンが上にいるまま持ち上げては下す中継役をする。ただし中継役は負担が大きいから、途中でセイネリアとウィズランが交代してどうにか積んであった分は全て向こうに運ぶことが出来た。

「まぁ結構な荷物になってるな、持って帰る事を考えたら後少しってとこじゃねぇか?」
「そうか、持っていけるだけ持って無事なうちに撤退したほうがいいだろうな。まずは全員分の荷袋に入るだけ積めて、あとはどれだけ持てるかだな」

 通称冒険者の荷袋、と呼ばれる一見ただの麻袋にみえるそれは、まず大抵の冒険者なら最初に買うと言われる程持っているのが当然のシロモノである。空間魔法で中身を拡張してあって見た目の数倍の荷物が入り、ついでに重さも半分くらいになるという都合が良すぎる性能だ。
 ただこれの少々厄介なところは本人の魔力に結びつけて拡張空間を作る為、袋をたくさん買ったとしても空間は共有で容量がまったく増えないという事だろう。だから皆、一つだけ所持しているのが普通となっている。

「このまま調子よく行けば、今日中にそンくらいの量は集まるんじゃねぇか?」
「まぁ確かに、このまま何事もなく順調にいけば……な」

 エルの軽口にセイネリアがそう返してやれば、彼は分かりやすく顔をひくつかせて顔を顰めた。

「確かに、あんたの言う通りだな」

 そう言って笑ったソレズドとその仲間たちの様子を見れば、セイネリアの考えた予想はさほど大きく間違ってはいないだろうなと思える。――つまり、ここがエレメンサの巣だからエレメンサが来るのではなく、魔石を食べにエレメンサが集まって来る。となれば来るのはここを根城にしている特定のエレメンサだけではなく、ここに魔石があると知っている複数頭のエレメンサと思っていい。
 だからおそらく、エレメンサはまたやってくる可能性が高い。



 そして、その予想を肯定するかのように、『このまま何事もなく順調に』という言葉は直後にあっさり否定された。



 緊張した空気の中、それぞれ魔石の採取を止めて空を見る彼らは言葉を交わす。

「おい、この場合はどうするんだ?」
「とりあえず先に来た方は俺がひきつける、その間にどうにか一匹は始末出来ないか?」

 いくら十分対応準備をしてきているとはいっても、一度に二匹がやってくる事は想定してはいない。見えた二つの影に、交わす言葉に焦りが混じるのは仕方なかった。

「多少の時間稼ぎなら光の術を入れるぞ」
「いや、イキナリはだめだ、危ない時に頼むっ」

 年の功とでもいうべきか、老神官はこの事態でも慌てず先ほどのように一通りの人間に盾の術を掛け切ってから声を上げた。ただドラゴン族は頭がいいとされる、リパの光の術は目くらましとしてはかなり使えるが、何度も使えば対応される可能性があった。
 それでも、二匹ならまずは一匹に減らすことがなにより最優先になる。その為には手を惜しんでいる余裕はなかった。




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