黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【11】



「……さて、私が『面白い』と思えたお前にはここで一つ『面白い』話をしてやろう。なにせ折角ジジイの話に聞く価値があると言ってくれたのだから期待に応えなければなるまい」

 先ほどまで豪快に笑っていたモーネスだったが、静かになったと思うと唐突にそんな事を言ってくる。思わずセイネリアは飲もうと手に持っていた杯をテーブルに置いた。経験上、こういう流れで老人が話す内容は割合『とっておき』のネタである事が多いからだ。

「今回はエレメンサ退治な訳だが……さて、エレメンサとドラゴン、違いはなんだと思う?」

 言って老神官はにかりと歯を見せて笑う。
 セイネリアは考え込んだが、エルは即答した。

「大きさだろ、エレメンサは確か人間くらいのサイズ止まりで、その上は一気に人間の3,4倍以上になってドラゴンって言われる」

 確かにそれが一般的な冒険者の認識ではあるが、『面白い話』となればそれだけで終わらない筈だった。セイネリアは考えた上で言ってみる。

「種族としては同じだと聞いている。だとすればドラゴンになるのは一種の突然変異か? 単に大きく育っただけのものだとしたら、エレメンサとドラゴンの中間サイズがいないのは不自然だ」
「ふむ……いいところをついている。確かに突然変異というのも間違ってはいないが少し違う。ヒントとしてはドラゴンよりエレメンサの方が体における翼の比率が高い、ということかな」
「つまり、ドラゴンは翼だけに頼って飛んでいないのか?」

 勿体ぶった言い方は面倒ではあるが、否定されるということは答えがこちらの知らない事、知らない情報であるということになる。セイネリアは自然に口端を楽し気に吊り上げてモーネスの顔を見た。

「……そう、答えは魔力だ。飛ぶというのは大変な事でな、物理的に動物が翼で飛ぶには限界があってある程度以上大きく、重くはなれない。エレメンサというのはあれで人間よりも体はやたら軽い、だからぎりぎり翼で飛ぶことが出来る」
「ドラゴンは魔力で飛ぶのか」

 理論的に考えればそれは納得できる。確かにドラゴンなどというあんな不格好で重そうなものが空を飛べるというのは考えれば違和感しかない。

「そうさ、奴らは飛べるぎりぎりのサイズまで大きくなる種族だ。だから魔力がなく、翼で飛べるサイズ止まりがエレメンサで、魔力で飛べる分大きくなったものをドラゴンと呼ぶ。つまり奴らは大きければ大きい程強い魔力を持っているとも言い換えられる」

 確かにこれは『面白い話』だ、とセイネリアは思う。

「……なら逆に、奴らは現状ぎりぎり飛べている、ともいえる訳か?」

 聞き返せばモーネスは少し目を丸くしてから、顎を摩って考えた。

「あぁ確かに……そう考えた事はなかったな。ドラゴンは仲間内での力を誇示するためにより大きくなろうとする、だから飛べるぎりぎりまで大きくなる、とは聞いたが……確かにそれは『ぎりぎりどうにか飛べている状態』といえるかもしれん」

 珍しく見て分かる程乗り気で聞いているのが分かった所為か、そこでエルがどこか投げやりな調子で会話に入ってきた。

「まーとにかく、今回はドラゴンじゃなくエレメンサ退治だ。なんかお前の聞き方見てたらこれからドラゴン退治に行きそうな勢いでコエぇよ。ったく、本気でお前って面倒な話になるほど楽しそうにするよな、組むこっちとしては気が気じゃねぇ」

 それは笑って終わる話になったものの、セイネリアとしては笑って終わるだけの話のつもりはなかった。なにせエレメンサとドラゴンが種族としては同じならば、エレメンサがいるという場所にドラゴンが来ないとは言い切れない。
 最悪の状況の準備というのはしていて損をすることはないものだ。特に心の準備という面に関してならいくらしておいてもいい。なにせ本当に最悪なのは、予期せぬ状況に焦って冷静に対処出来なくなることなのだから。




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