黒 の 主 〜冒険者の章・2〜





  【4】



 この男は自分の分(ぶ)というのを弁えている。自分の力だけではここから冒険者としての大成を望めはしないが、大成出来そうな人物に気に入られておけば自力では掴めないくらいの『いい目』に合える可能性は高いとその計算でセイネリアに協力的なのだ。実際相当現時点で『いい目』にあった所為か男のセイネリアに対する口調までもが既に上のものに対するソレになっているあたり、取り入っておきたいというのがあからさますぎて逆に清々しいくらいだった。
 おそらく今回の情報も、本来なら情報料を寄越せといいたい内容だろうにセイネリアにわざと無料で教えた。しかもちゃんと危険だと警告もしてくるあたり、本気で彼としてはこちらが冒険者としてそれなりの地位を築く事を願ってくれている。今後もこの男は、金を出したりしなくてもこちらにとって有用だと思った情報は喜んで教えてくれるだろう事は予想出来る。ただこちらも情報をもらうだけで放置しておくのではなく、たまにはちゃんと男に『いい目』を見せておかないとならないが。

「……いい話を聞かせてもらった。これは礼だ取っておいてくれ」
「い……いやいいよ、今回の話はさ。あんたにはかなりの恩があるしな」

 金を貰うつもりはなかったろう男は慌てふためいて拒否するが、それでも顔が喜んでいるのは見て分かる。

「構わん、もってけ。それはそれ、これはこれという奴だ。俺は有用だと思ったモノにはちゃんと金を払う主義だ。今後も何か面白い話を聞いたら教えてくれ……あぁ、もしヤバイ情報を掴んだ時はワラントの婆さんのとこへ行けばいい、あそこにはカリンがいる、俺の名前を出せば婆さんが保護してくれる筈だ」
「……ワラントって……あの女ボスと知り合いなのかあんた」

 目を丸くしてこちらを見返す男に、セイネリアは笑って見せる。他人の権威を振りかざすのは好きではないが、こういう男には『身の安全』を確保してやれることがどれだけ有り難いかという事は分かっている。これでこの男は特に有用な危ない情報ほどまず真っ先にこちらに持ってくることは間違いない。
 ただ、最後に一言付け足しておく必要はあるが。

「……だからといって、危険になるような情報を無理やりとってこなくていいからな。ただもしお前の知り合いでそういう情報をもってそうな奴がいるならそいつにも言っておいてくれ、俺に情報を売る気ならあの婆さんのとこで保護してもらえるとな。ちゃんとお前から聞いたって言うように言っておくのも忘れるなよ」
「あぁ……分かった、言っとくよ」

 男の顔には安堵の笑みがある。この手の男は危険を冒したがらない。だがあまりにいい情報がなければ、こちらとパイプを切らないために多少の無茶をする可能性があった。だからそこまで危険を冒さずとも十分こちらにとって有益な働きが出来るというのを教えておいたのだ。
 ……前の時のように、こちらが一言足りなかったせいで駒を失うつもりはない。駒はきちんと安全を確保した上で本人が自ら望んで動くようにすべきだ。
 他人を動かそうとするなら、それが敵でも味方でも、本人が望んで動くように状況を作る事は変わらない。人は自分が望むように動くものだ――その言葉は真実だと分かっているが、それだけの『望み』がなかったセイネリアにはその感覚は客観的にしか分からない事だった。






 それから一週間と経たず、樹海の火災の後始末である害獣退治の仕事が大々的に冒険者事務局で募集された。国の募集でしかも相当の高ポイントとくれば規模や危険度は予想の中でも最大と言っていい。だからセイネリアは今回はカリンを呼ばずに単独でその仕事を受ける事にした。
 この手の大規模募集の場合は駆け出し冒険者でもそこそこの実力評価があれば受けられる為、枠が大きいとはいっても埋まるのは早い。情報をいち早く持っていたセイネリアは無事枠に入り込めたがあぶれたものも多く、後からきて断られ、文句を言っている者達をよく見かけた。

 ただし、枠に入り込めたものが幸運だったのか、それとも枠からあぶれて仕事を受けられなかったものの方が幸運だったのか、それは難しいところだろうなとセイネリアは思ったが。



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