黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【30】



 魔法使いは、それには難しい顔をして唸った後、再び大きくため息をついた。

「貴様の場合、本当にその魔槍の主であるから本来なら教えても構わないんだがな……ただ忠告しておくなら、世の中には知らないほうがいいもの、というのがある」
「まぁそういうモノもあるかもしれないが、俺は知らないで済ますのは嫌な性分でな」

 即答で返せば魔法使いは顔を顰めるが、それでも少し考え込んだ後、凄むように低い、真剣な声で言ってくる。

「言っておくが今言った事は脅しでもはったりでもない。いいか、貴様は魔法使いが嫌いだろ、出来れば関わりたくない筈だ。お前のような男はそうだと見てすぐ分かる、しかも娼館育ちとくればなおさらだ。だからその魔槍から知識をまともに貰っていない事は貴様にとっては幸運だった。今のままなら我々にとって貴様はまだ条件によっては放置出来る存在だ、だがこれ以上魔法使いについて知り過ぎれば絶対後悔する事になる」

 そこまで真剣な顔で言った魔法使いは、だがそこで言葉を区切ると、益々顔を顰めながらもため息交じりに言った。

「……ただし、だ、実の事を言えば、お前が今聞いた事程度なら教えられない話じゃない」
「つまり、話してくれる気はあるのか?」
「そうだな、先ほど俺は『条件によっては』と言っただろ? その条件をお前が飲むと約束するなら、だ」

 セイネリアの直感として、この魔法使いの言葉は真実で、忠告も本当だろうとは思う。騙す気だったらここまで正直に自分の感情を表情に出してはいないだろうし、条件のかわりなんて回りくどいことを言い出すのは不自然だ。逆に真実と考えるなら、条件を飲ませる為にこちらの要求を多少は飲む――というのは取引として理にかなっている。

「単に知らないままでいろでは貴様も納得がいかないだろうし、下手をすればその後に調べようとするかもしれないからな、だから俺も少し考えた。いいか、貴様が絶対に俺から聞いた事や魔剣から知った事を他言せず、それ以上我々について余計な事を知ろうとしない、もし何か知ってしまったら俺に言う、とそれを約束するなら特に貴様に何もしないし、今の質問の答えと……まぁ、話せる範囲の話までは話してやってもいい」
「……分かった、約束しよう」

 迷う事なくすぐそう返した所為か、魔法使いは目を見開いた。

「随分簡単に決めたな」
「あんたが嘘を言ってはいないと思ったからな」

 言うと魔法使いはにやりと笑って、ずっと纏っていた険のある空気を崩した。

「やはり面白い男だな、だが貴様の約束は信用できると俺も思う。……よし、それなら約束通り言える事までは教えてやる。まず先ほどの質問への答えだが、魔法使いというのはとにかく研究の為に出来るだけ長く生きたいと思うものだ。だからいろいろな手を尽くして自分の寿命を延ばそうとするのだが……まぁ余程の力がある者でもない限り限界はすぐにくる。そういう限界が来た者が武器に魂を移して、その先の世界を見たいという欲求と、自身が研究した魔法をそこで消滅させず誰かに使ってもらいたい、という欲求をみたそうとするんだ」
「つまり、寿命が来た魔法使い共の最後のあがきな訳か?」
「まぁそういう事だな」

 確かにセイネリアに流れ込んできた槍の意志で一番強かったのは、焦りと嫉み、そして怒りだったと思う。聞いた話から想像するなら、それは自分の死期を知った時の魔法使いの感情だったのだろうか。

「なぜ武器なんだ?」

 ただそうなれば当然としてその疑問が浮かんでくる。なにせ魔法使いに武器なんてそもそも関連がなさすぎておかしい。

「武器とは限らないが、武器はいろいろ都合がいい。いい戦士なら武器を使う時というのはその武器が体の一部になるくらい武器にも意識を向けるだろ、それで中の魔法使いと意識を繋げやすい。あとは携帯性だとか、術を使うのにも都合がいいし、主を選ぶのにも……まぁとにかくいろいろ都合が良かったんだ」
「それならそれで、それこそ魔法使いなら武器よりも杖にでも入ればいいんじゃないか?」

 魔法使いといえば必ず杖を持っている。魔法を使わないだろう者が手にする武器より、確実に魔法使いが持つ杖にでも入ったほうがいい筈だった。




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