黒 の 主 〜冒険者の章〜 【29】 魔法使いを見れば……なんだがガキみたいな期待一杯の顔でじっと待っているから、セイネリアは槍が手に現れた途端、思わず笑ってそれを魔法使いの目の前に突き出してやった。魔法使いは身を乗り出して槍を凝視した。 「ほぉ……確かに本物だ。また大層な作りだが、これは本人の趣味という奴か。風の魔法使いとしては珍しいが相当の派手好きか、余程攻撃的な意志があったのか……聞いてみたいところだが、意識は殆ど残っていないか……」 言いながら魔法使いは夢中で槍の各部分をじっくり見つめ、それから柄に触れてくるとその手触りを確かめながら目を瞑った。 「普通はもう少し意識が残っているものなのか?」 「あぁそうだ、普通の魔法武器だったなら、主がいて起きている状態なら呼びかければ返事がある」 「この槍の中の奴は普通ではなかった、ということか?」 「普通というか、たまにいるんだ、魔力が低かったり――……」 だがそこまで言ってから魔法使いは槍から手を離し、それからゆっくりと顔を上げてセイネリアの顔を見た。 「……そうか、これだけ意識が残っていないんだ、貴様、実は槍から殆ど知識を受け取っていないな?」 「何の事だ?」 魔法使いの顔は益々顰められ、声が硬くなっていく。 「正直に言え、この槍の……いや、槍の中にいる者が持っていた魔法使いに関する知識、お前はどれだけ知っている?」 セイネリアは軽く肩を上げてから笑って見せた。 どちらにしろ、これ以上逸らして相手に喋らせるのは無理だろう。それに魔法使いの表情がやけに真剣だったことで、ここはハッタリより正直に言った方がいいかと判断する。 「そうだな……俺の場合、その槍の記憶のようなものが断片的に入ってきただけでな、切り取った場面をバラバラに見ている感じだから意味が理解できない事がが多かったんだ。だから魔法使いの知識、と言われてもピンと来る程特別な事は知らん」 そう、槍に認められた時――つまりセイネリアと槍の意志が繋がった途端、セイネリアの中には槍の記憶がすごい勢いで流れ込んできた。ただしそれは大半が説明のないただの場面場面の映像がバラバラに散らばっただけのものであったから、セイネリアには殆どその記憶の意味が理解が出来なかった。勿論映像からだけで大方の意味を理解出来たモノもそれなりにあったが、この魔法使いが真剣に聞いてくるだけの魔法使いに関する知識はない。 ……いや、あるとすればただ一つ。ただしそれは魔法使いの記憶だけで分かったモノではなく、ある程度予想していたモノが今の魔法使いの発言で確定されただけの事であった。 つまり、この魔槍には……魔法使いの魂が入っている。 セイネリアがこの槍を持った時、強烈なまでのこの槍の意志のようなものが一瞬流れ、それからその記憶が押し寄せてきた。それでこの槍の意志はかつては人間であった者だというのは分かった……のだが、記憶の方がバラバラ過ぎて人間であった時の記憶と槍になってからの記憶がごちゃ混ぜになっていたから、その人間が何者かというのが分かり難かった。槍の意志が魔法使いだと思ったのはこの槍自体に魔法がこもっているという事からの推測でしかない。それが今しがたの魔法使いの言葉で確定されたという訳だ。 魔法使いはため息をつく。 「……だろうな、これだけ中身に自我が失われていると……もう、本人でさえその記憶が何であったかも怪しいだろうからな、お前にロクな知識が伝わっている筈がない」 舌うちまでする魔法使いは明らかに失敗したという顔をしていた。ただその様子は、パーティーでずっと猫を被っていた時のような不気味さというか嫌な感覚はなかったから、いっそセイネリアはそのまま疑問を投げてみる事にした。 「それで、どうして魔法使いが武器に魂を移すなんてことをするんだ」 槍の中にある意志が魔法使いという前提が確定であるなら、槍から来た記憶を整理してある程度までは更に予想が出来る。だからセイネリアには分かっていた……この槍に入った魔法使いは自ら望んでこの中に入ったのだと。 --------------------------------------------- |