黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【20】



 不穏な噂を流されはしたものの、それ以降、セイネリアはあちこちの仕事からよく誘いの声を掛けられるようにはなった。

「よう、セイネリア。なんかまたお前の噂話が増えてたぜ」
「……またお前か」

 仕事の顔合わせにやってきた見慣れた男にセイネリアは僅かに眉を寄せた。
 いくら仕事の誘いは多くなったといっても、この青い髪のアッテラ神官程気楽にセイネリアに話しかけてくる者はいない。セイネリアとしても眉をしかめはしたが、別に彼と仕事で会う事を嫌っている訳ではなかった。それどころか彼がいると仕事をしやすいのは確かで、それ自身は歓迎すべきことではあるのだが……。

「お前は、もしかしてわざと俺と仕事が合うようにしているのか?」

 今回で3度連続となれば、さすがにそう聞きたくなるのは当然だ。

「んー別に追っかけてる訳ではねぇんだけどさ。募集見て、うわこういう仕事って絶対お前が呼ばれてそうだなーっていうのに行ってみるとやっぱお前がいるって状態なんだよ」
「……それで追っているつもりじゃないのか」
「追ってるんならちゃんとお前がいるの確認してから仕事受けるだろ」

 まぁその理論は間違っていない。だが何か納得がいかない。
 青い髪のアッテラ神官はそこでいつも通りにかりと笑うと、悪びれもせず気楽に言うのだ。

「いいじゃねーか、俺としてはお前がいるとポイントが高い危険な仕事でもどうにかなるって安心感があるから参加してンだし、お前だって俺がいれば面倒な他の連中とのやりとりがなくて楽だろ? お互い利害関係が一致するってことで俺と組んで損はないと思うぜ、なぁセイネリアさんよっ」

 セイネリアとしてもこの神官がいると楽だし、パーティーの人間関係が円滑に進んで仕事がしやすいというのは分かっている。悪い事は特にないし、裏表のないこの手の人間は信用できるし付き合いやすいのは確かだ……そもそも最初のあの仕事の時から彼とは知人になっておくといいとは思ってはいた。
 ただし。

「分かった、仕事で組むのは構わん……だがお前はなれなれしすぎる」

 年上の師の立場の人間ならともかく、年齢が近い人間では睨めば怖がる連中が普通だった所為もあってかここまで馴れ馴れしい……というか気楽に声を掛けてくるような人間はどうにも調子が狂う。悪い人間ではないし有能で役に立つとは思うのだが、なんとも慣れない距離感に微妙に対応に困るのだ。

「んー馴れ馴れしいっても俺の場合これが普通だしなぁ、むしろこの調子で話しかけてなかったら明らかに不自然でいかにも遠慮してる仲だなって見えるぞ」

 その理論も間違ってはいない。いないのは分かっているのに妙に納得できない。
 こちらの顔がいつまでも不機嫌そうに見えた所為か、そこでこのアッテラ神官も考え込む。胡坐をかいて腕を組んで目を瞑って唸っている男は、だがさほど待たずに何か思いついたのかぱっと目を開いて愛想笑いのような微妙な笑みを浮かべた。

「えーとあれだ、お前は規格外に強くて機転が利く、お前がいれば相当のヤバイのでもどうにかしてくれる、実力は上級冒険者並み……っていうのがあの樹海の火災処理の仕事の件から広まってる。なにせアジェリアンがお前のことすげぇ褒めて回ってっからさ、だから評価としての信用以上に冒険者間での信用がすごい上がってるんだよ」
「……成程」

 自分がこのところいきなり仕事に呼ばれるようになったのはあの男の所為か、とセイネリアは思う。
 アジェリアンはあの仕事から首都に帰還した後、一緒にあの谷を切り抜けたメンバー全員を飲みに誘って気前よく奢(おご)ってくれた。セイネリアは特に同じテーブルに呼ばれて仕事の話やらパーティー登録やら随分熱心に誘われたが、結局のところ断りもしなければ誘いに乗りもしなかった。
 彼と組めば割りのいい仕事にありつけるし、そうなれば当然評価も早く上げられて自分も上級冒険者に早くなれる。それは分かっていたが、それで上級冒険者になったら彼のおかげと言われても仕方なくなるだろう。
 だから返した答えは『また同じ仕事をすることがあったらよろしく頼む』とそれだけにして、同じ仕事で協力するのは歓迎だが組む事まではしないと告げたのだ。

『……そうだな、お前は人の下に付く人間ではないからな』

 そう返したところからして、アジェリアン自身はセイネリアが断った理由をよく理解していたようだった。現時点で彼と組めばどうしてもセイネリアは彼の下扱いになる。もし将来セイネリアが上級冒険者となれたとしてもそれは変わらない。だから彼と組んで彼の仲間にならないかという誘いは、自分の部下になれというのとほぼ同じだったのだ。



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