黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【18】



「いいか、ここから出口までは木がない、火に巻き込まれる可能性は低い。敵が逃げだしたら向こうの道まで全力で走れ、中の連中にはあらかじめいっておけ。それと、確か風の神の神官がいた筈だな?」
「あ、あぁ……確かにいた、が……」

 あのガルカダを追い払った時にいた術者の一人がこの隊にいる事は分かっていた。おそらく風の術を使っていた者だった筈というのは当たっていたらしい。これは幸運と言っていいだろう。

「問題は火より煙の方になる、風の術なら向こうの道に煙が極力行かないようにどうにかするよう言っておいてくれ」
「どうにかって……まぁ分かった、言ってはおく。……とにかく俺は火事を起こせばいいんだな」
「そうだ」

 そうしてデルガは中央に戻っていく、セイネリアは交戦中のアジェリアンの方に向かった。それから彼の戦っている敵を倒してこれからの計画を耳打ちした。

「貴様……やっぱりとんでもないな」
「賭けだがこのままだとじり貧だろ」
「確かにな、まぁここまで来れば最後までお前の言葉にのってやる」

 言っている内に中央にいる連中から周囲の木々に向かって矢が飛んでいく。しかもそれは燃えていたから、味方の間にも動揺の声が上がった。
 すかさずアジェリアンが声を飛ばす。

「これから火事を起こす。火事から逃げてきた化け物たちは恐怖で逃げ出す筈だっ、そうしたらとにかく皆から遅れないように死ぬ気で走れっ」

 言っている間に周囲の木に火が着きだす。魔物達の叫び声が切り替わって先ほどよりもよりヒステリックで騒がしい声がけたたましく響き、シーレーンの歌声さえそれにかき消されていく。
 そうしてまずは、まだ木の傍にいた魔物や動物達が動き出した。
 飛べるものは空へ向かい、走れる者は谷の出口となる道へ向かう。知能の低い魔物達は火の恐怖を思い出せば敵の人間など眼中になくなる。敵への不安より、火を恐れる本能の恐怖が彼らを追い立てる。

「後ろを気にしろ、ぼうっとしてると踏みつぶされるぞ」

 交戦中の敵達でさえ逃げ出し始めれば、彼らにとって人間などただの邪魔な障害物程度でしかない。こちらを襲おうとはしてこないが、こちらを無視して突き進もうとする。
 だからこの場合、危険なのは最後尾だ。
 前はアジェリアンに任せ、セイネリアは後ろへ下がった。
 思った通り、後ろは体力が低い術者連中やケガ人が多く、リパ神官は自分も含め後衛陣に盾の術を掛けて回っていて、そして風の神の神官は術の確認をしている所為か遅れていた。それでも彼らにわざと足を合わせて守る者もついていて、どうにか前から引き離され過ぎずには済んでいた。
 その最後尾にセイネリアは付く、それから叫ぶ。

「後ろの敵は任せて、とにかく走れっ」
「キツイ奴はいってくれ、術入れっからよ」

 セイネリアが最後尾にくると同時に、それまで最後尾を守っていたらしいアッテラ神官が横についてこちらに続いて声を上げた。
 互いに口に布を巻いているし余裕もないからそこで言葉を交わしはしない。だが、追い抜いてこようとする大型動物がいたら双方で一度足を止めてそいつの邪魔をして進路を変えさせ、遅れた者がいたら神官が術を唱え、セイネリアは彼に合わせて足を緩めて後ろを守った。
 広場を抜ければ風の術が効いているのか道に煙は来ていなくて邪魔な口の布を取り払う事が出来る。道が狭い分後ろからくる化け物共の勢いが増して脅威ではあったが、途中で大型獣をセイネリアが倒して道を堰き止めたからその後から来る敵の数はかなり減った。
 前は見えないが、誰の死体も転がっているのは見ていないから全員無事だと思っておく。
 全員が疲労の限界で、声を上げて様子を聞く余裕などある筈がない。
 ただとにかく走る、走って走って……だがようやく、彼らの目に長い谷間の終わりが見えた。



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