黒 の 主 〜冒険者の章〜 【17】 「アジェリアン、セイネリア、どうする? つっこむなら強化掛けてやるぜ」 そこでやってきた青い髪の神官に、無事だったかと思うと同時にセイネリアは即答した。 「いや俺はいい、掛けられるのに慣れてない」 戦神アッテラの肉体強化術は有名だが、その分掛けられた本人の体力を消耗する為、術が切れた後に反動が来ることが知られている。普通に使うものならそこまで気にするものではないらしいが、こんな状況で試しに使ってみる気にはなれなかった。 「了解、アジェリアン、あんたはどうする」 「すまんエル、俺は一番下の術で掛けてくれ。あと、デルガっ、デルガはいるかっ」 暫くすればアジェリアンの仲間らしい男が現れるが、彼は片腕を負傷しているらしく中央から出て来た。 「デルガ、剣に術を頼む」 「了解です」 言ってアジェリアンの剣に触れた男は術を唱えてすぐに退いた。その術の響きは覚えがあって、火の神レイペの武器強化かと思い至る。セイネリアとしては騙された思い出しかないからいいイメージはないが、上級冒険者になるまで冒険者としてやってきた男ならこの手の術は普段から気軽に使って貰っているのだろうとは思う。 アッテラの術も貰って敵に突っ込んでいくアジェリアンを見てセイネリアが一息つけば、デルガという男が声を掛けてきた。 「その武器じゃ、あんたら二人は必要ないな」 それに即答したのは、セイネリアの傍で一時座り込んだ神官。 「まぁな、俺のは刃物じゃねぇからな。おかげで切れ味を気にしなくていいがね」 このアッテラ神官の武器は長棒だ、殺傷能力が低いから主に中央にいた連中の護衛をしていたようだが、確かにこういう状態では折れない限りは問題ない。そしてセイネリアの武器に一般術による強化など必要ないのは明白で……だがふと思い至ってセイネリアは男に聞いた。 「お前、火の神の信徒なら火をつけることも出来るか?」 「あ? あぁ出来ることは出来るが余り得意じゃないんだ。きっちり制御出来るか自信がない、だから燃え移りそうなものがあるとこじゃ使えねぇよ」 そう言ったところで別の場所から名前を呼ばれ、男はそちらへ向かっていく。 セイネリアも丁度そこで少し大型の敵がきたから、男を呼び止めはしなかった。 敵は途切れない。空から不気味な歌はずっと聞こえている。シーレーンの歌が心の弱みに付け込んで不安を煽る類のモノだとすれば、魔物達を操っているというより魔物達の不安を煽ってこちらにけしかけていると考えられないだろうか。 セイネリアは戦いながらも状況を見て考える。生き残る確率を上げるにはあと何が出来るかと、状況と戦力と予想と、全てを足して考える。 「うぉぉぉっ」 マトモな武器が手に入った事で気合いが入ったアジェリアンは、セイネリアを休ませようとするように前に出て暴れてくれていた。おかげでまた少しづつ前に進めるようにはなってきてはいたが、それでも出口までの距離を考えると暗くなる前にたどり着けるか分からない。日が落ちてもこの広場を抜けられなければまず終わりだ、抜けられてもそれを見越して谷間の細道にも敵が待っていたら――賭けだというのは最初から分かっていたが、そうなったらおそらく今はどうにか戦えている連中もそこで気力が切れる可能性が高い。 後ろの方に目をやれば、先ほど脅してやった連中は死にもの狂いで戦っていた。本気で動けなくなるまでは彼らは戦力として計算できるだろう。彼らの気力が持つ内に、何か希望の持てる手が打てないか――セイネリアは考える、そして思う。 ――シーレーンの暗示魔法がそれ以上の恐怖で消せる、なら。 「おい、デルガっ、火をつけろっ」 「はぁ?」 呼ばれた男はすぐ出て来たが、言った言葉には間の抜けた声を返す。 「こんなとこで火をつけたらへたすると火事に……」 「そうだ、周りの木を焼け、火事を起こせ。魔物どもは火から逃げてきた連中だ、うまくいけば火への恐怖心でこちらに構うどころじゃなくなる」 それで男もこちらの意図を察したらしく、だがそれでも躊躇する。 「本当にいいのか? こちらも逃げ遅れたら終わりだぞ」 「このままだと全滅する」 流石に他の人間に聞こえるようには言わなかったが、真顔でそういえば相手の表情が定まった。 --------------------------------------------- |