黒 の 主 〜冒険者の章〜 【16】 「今は前が空いてる、術者は後ろのフォローを優先っ、出来るだけ前へ進めっ」 アジェリアンの声が響いて術者は主に後ろへ防御用の呪文を入れていく。同時に前に向かって走り出す連中よりも先に、セイネリアは前に出て道を開く為に槍を振るう。それでも前の敵が減ったと見れば後ろが止まっているから下がって、それでまた皆で前に走る。敵を倒しながら少しづつ進んでいるというより進んでは立ち止まってを繰り返しているような状況で、ある程度進んでいくと今度は後ろの敵が増えていってセイネリアもそちらを倒しに行かざる得ない。 そうなれば完全に足が止まってしまって、その場で丸くなって中央の者を守って耐えるしかなくなる。足が止まって進めない時間が長くなれば、いくら覚悟を決めた連中でさえ心が萎(しぼ)んでくるのは仕方がない事だった。 敵は雑魚だ、単体で考えれば倒すだけなら何の問題もない。 けれど数が多すぎて休憩をする暇がない、武器の消耗が激しくてどんどん斬れなくなっていく。おまけに敵の体液を受けて手が滑ることもある、セイネリアでさえそちらの問題は無関係とはいかず、手が滑りそうになって持ち直した事は何度かあった。戦い続けて手の握力がなくなって来る者が出だしたら武器を手から落とす者も出てくるのは確実だ。 空では未だシーレーンが鳴き続けていて、その不快で耳障りな音はセイネリアでさえ苛立ちを覚える。その声自体に催眠効果があるから出来るだけ聞くなとは言ってはあるが、この状態ではどこまでそれを実行できているかは疑問が残るところだろう。 そしてその懸念は、さほど待たずに現実となった。 「……だめだ、だめだ、だめだ、無理だよ。キリがねぇ、こんなのつっきれっこねぇ、もう終わりだあぁぁっ」 唐突に叫んで座り込む男が出て、周りに動揺が走る。誰もが思っていたその不安を言葉に出せば、無理やり奮い立たせていた心が萎えそうになる者が連鎖的に現れだすのは必至だ。 案の定、周囲の者の動きが止まる。 それでも当然敵は待ってなどくれないから、セイネリアが助けにいかなければならない。手が止まって呆然としている者に襲いかかる魔物を斬って走る。 ただし、わざと……叫んで座り込んだ男は助けない。 その男の前を素通りしていけば、当然男は魔物に襲われる。悲鳴を上げてのけぞった所為でその喉に食いつかれる。未だ呆然としていた周りの者達が助ける暇もある筈がない。 目の前で死んだ仲間を見て膨れ上がる恐怖は、だが弾ける前にセイネリアの声に押さえつけられた。 「だめだと諦めた奴はその時点で邪魔だ、さっさと死んでおけ」 こちらの事情など知らない敵は次々とやってくる。わざと槍を派手に振りかぶれば、3匹程一気に体の一部が斬り落とされて吹っ飛んでいく。 返り血を浴びて、乱れた息を隠そうともせず、呆然としている者達を睨み付けてセイネリアは叫んだ。 「死ねばそこで終わりだ、死の恐怖など考える意味はない。生きたければ戦え、何も考えず生き残る為に目の前の敵を倒せ、俺は戦おうとしている奴しか助けない、足手まといは見捨てるとそう言ったぞ」 琥珀の瞳に威圧を込めて、唇に笑みさえ浮かべ、彼らの不安を恐怖で上書きする。恐怖することでまだ生きたいのだという事を思い出させる。 少なくとも、それで震えあがった者達は武器を握りなおした。必死の形相で武器を振り上げ、目の前の敵に向かって行く。 「とんでもない男だな、貴様は」 それを確認して前に戻れば、丁度敵を剣の柄で殴り殺したアジェリアンが近づいてくる。セイネリアはそれを見て自分の腰の剣を抜くと彼に渡した。 「それを使え、少し重いかもしれんが」 「有り難い、助かる」 彼の持っていた剣は斬れないどころか刀身が曲がっていて、だからもう逆にその刀身をもって柄で殴りつけていたのだろう。 --------------------------------------------- |