黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【13】



 神官は青ざめている。だが、ここで不用意に不安を言葉にして出したりはしない。ここで少しでもネガティブな意見を吐露してしまえば、周りの不安が一気に膨れ上がる事をこの男なら分かっている筈だった。

「まいったね、そらこの状況であんたみたいなのがいるのは幸運だったと言うしかねぇな」

 思った通り、軽口で出来るだけポジティブな言葉を返してきた相手に、セイネリアは口元を緩めてこちらも軽口で返してやる。

「この状況だ、出来るだけは俺が引き受けてやるさ」

 周囲の顔に僅かな希望が灯る。この場合、あまりよくない意味でも名前を売っておいた分の価値はある。人は信じたいものを信じる――だからこんな絶望的な状況であっても、助かるかもしれないというその可能性を信じたがるのだ、今はその後押しをしてやればいい。たとえ信じるに値しない程の勝率であっても、現状、勝手に絶望する奴より僅かな希望に掛けて力を振り絞ってくれる人間が多ければ多いだけその確率は確実に上げられるのだから。

「……待て、本隊も交戦中というのは本当か?」

 少しだけ明るくなった場の雰囲気を、だがその言葉が打ち消した。奥で話し込んでいた各隊の隊長連中が、話し合いが終わったのかこちらへやってきたのだ。

「報告を聞いてないぞ」

 そう言ったのはセイネリアの所属する隊の隊長で、セイネリアは内心うんざりしながらも表情には出さずに軽く返した。

「隊長というのは戦場の全体を見ているものだろう。まさか見えていなかったとは思わなかった」

 言われてカっと顔を赤くした男は、明らかにセイネリアへ嫌味を込めて言ってくる。

「なにせ一人でも多くの人間を助けようと必死だったからな、空まで見ている余裕がなかったのさ」

 ここにきてまだ恰好をつけていい隊長ぶる男には正直呆れて、セイネリアは思わず失笑してしまう。

「そうか、それはさぞ多くの人間を助けたんだろうな。悪かった、ここにいる連中も皆あんたに感謝してるんだろう」

 そこであちこちから含み笑いが起こる段階でこの男はただの道化だろう。小声で『俺ぁ、あの槍の男に助けられた覚えはあるがあんたは知らねぇよ』と誰かが呟けば、その笑い声は更に大きくなって他の者も同意の声を上げ出す。

「なんだ、貴様ら……」
「まぁまぁ、ンな事で騒いでる場合じゃねぇだろ。度量の大きいとこみせて笑う奴を放っておけばいいさ。それより隊長さん方の話し合いの結論はどうなったのか、それを皆に教えて欲しいんだがね」

 すかさずあのアッテラ神官がそう入って隊長をなだめたが、流石に笑われているのはあの道化男も耐えられなかったらしい。うるさい、と神官にも怒鳴った男はそこでセイネリアに向かってこようとした……のだが。

「エルの言う通りだ、内輪揉めしている場合じゃない」

 他の隊長に言われて、道化男も熱が冷める。

「アジェリアン殿っ、確かに……申し訳ありません」

 そのやけに馬鹿丁寧な口調で思い出したが、このアジェリアンというのは上級冒険者だったなとセイネリアは思う。評価にいわゆる『星』と言われるマークが入って上級冒険者として特別扱いの存在となると、冒険者事務局に仕事を貰いに行くのではなく仕事を依頼される立場になる。おそらくこの男は今回依頼されて雇われた側で、実質この3隊合同部隊の指揮官扱いとなっているのだろう。

「ラッサ、デルガ、お前達はあいつが言う通り本隊の光を見たか?」
「いや、俺は見ている余裕が……」
「俺は見ました、ちらっとでしたが。確かにロキリアナの森の方角だったと思います」
「そうか……」

 上級冒険者ならこの手の大規模作戦に一人で来ることはまずないというのもお約束で、どうやら呼ばれたあの二人は彼の普段からの仲間らしい。

「……となると考え直したほうがいいかもな」
「ここで持ちこたえて助けを待つのは無理だと?」
「待つとしても、次に襲撃がくるか明日の昼までだろう」

 隊長同士のその言い合いからすれば、彼らの出した結論は本来『助けを待つ』事だったのだと思われた。

「俺は今すぐ出てここをつっきる事を提案する」

 だからセイネリアがそう言えば、彼らの言い合いは止まった。



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