黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【14】



「貴様、馬鹿な――」

 文句を言おうとする道化男を制して、上級冒険者の男が真剣な顔をして聞いてくる。

「理由を聞かせてくれないか」

 さすがにその地位までいった人間は格が違う。これならまだ全滅を覚悟しなくても良さそうかとセイネリアは思った。

「次に襲撃が来るとしたら暗くなってからの可能性が高い。暗くなってからの行動の難しさと、襲われてから突っ切る場合の難易度を考えたら今のうちに行動を起こした方がいい」
「奴らが襲ってこない、という可能性は?」
「ないとは言わない。だが、命が掛かってる段階でそういう楽天的な可能性に賭けるのは危険だろ」
「では夜の内に襲われたならその場でとどまって、朝になったら飛び出すというのは?」
「まったく意味がないな。一晩持ちこたえている間に被害も疲労も蓄積してこちらの戦力が大きく落ちるだけだろう」

 胸のマークからおそらく騎士でもあるのだろう上級冒険者の男は、そこで暫く考え込んだ。

「……なら、今出て行くとして何か考えている策はあるか?」

 そうこなくては、とセイネリアは笑みを唇に乗せた。

「奴らが操られているなら、こちらが出た途端にすぐ襲ってくるという事はない。だからまず最初は走る、敵が動きだすまでに出来る限り出口に近づく為にな。おそらくそれで中央くらいまでは問題なく行ける筈だ」
「成程、襲われる前に出て行く場合の一番のメリットを有効活用するんだな」
「そうだ、だが向こうもこちらをここから出さない為、特に前方……出口付近の方から多くの魔物が押し寄せてくるはずだ、だから俺が一番前を行く」

 それには一呼吸分の間が空いて、相手は『すまない』と呟いた。

「武器の心配をしなくていい俺が出来るだけ数を受け持つのは当然だ。だが勿論横からも後ろからも敵は来る。重要なのはそれでパニックに陥って各自で勝手に逃げない事だ。術者やけが人、狩人を中央に置いて、その周囲を守るように各自戦いつつその陣形を保ったまま敵を突っ切る。広場を出られれば横からの敵がいなくなる分楽になる、それに来た道の時から考えれば向こうの道の方に敵はほぼいないだろう。あと注意するのは、怪我人は術が使えるなら出来るだけ術で補助に入る事、上からの敵や遠くの敵は中央の連中が注意して見て周りに指示を出す事」

 そこまで言えば、騎士は大きく息を吐きだす。

「……確かに、自力でここを出て行くというならそれが我々に出来る最善の手だろうな」

 苦笑しつつ少しほっとした笑みを浮かべた男に、だがセイネリアは言葉を付け足す。

「それともう一つ。自力でついてこれない程の深手を追った者は見捨てろ。逃げ惑って勝手に隊列を離れた者も見捨てろ。そうしなければ一人を助けるために大勢死ぬ事になる」

 流石にそれには顔をこわばらせた男に、セイネリアは淡々と続ける。

「だから当然、治癒術を掛けるなら足を怪我したものを優先だ。歩けさえすれば目だけでも役に立つ。少しの治癒で歩けるようになるならそれを治す間くらいは声を掛ければ止まる。ただ治癒に時間が掛かるレベルの大怪我なら見捨てろ」

 男は黙る。周りの者も皆口を閉じる。あの神官でさえもそれには硬い表情のまま何も言わなかった。
 しんと静まり返った中、こそこそと話している者がいる。おそらく彼らは見たのだろう――今言った言葉をセイネリアがここへ逃げ込むまでの間で実践していたところを。遅れた者達をフォローするように遅れ気味で向かってはいたセイネリアだったが、実際助けても戦力にならなそうな者はあっさり見捨てて来た。それを見ていた者は思うだろう――奴の言葉は本気だと。
 それを聞いて他の者がどう思ったところで問題ない、むしろそれが脅しになる。見捨てられる恐怖に駆られて死にもの狂いで戦えばいい。

 酷く緊張した空気に支配される中、暫くして上級冒険者の男は大きくため息をつくと、表情をピクリとも変えず平然としているセイネリアに向かって苦笑をして言った。

「それは確かに正しいが……難しいな」

 無理やり笑みを浮かべているが、声は固い。
 今の地位を得るまでにそれなりに修羅場を潜り抜けているだろう男の甘さに思わず口元に笑みが湧いて、セイネリアは視線を周りの人間に向けて言った。

「実際は確かに難しいんだろう。だがそう心がけなくてはならない、それを徹底出来るかどうかで生き残れる人数が変わる」

 それを否定する者はいなかったが、肯定する者もまたいなかった。



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