黒 の 主 〜冒険者の章〜 【12】 「ただ別に特殊能力のようなものはないぞ。単にやたらと切れ味が良くて、どれだけ斬ってもそれが鈍ることがないというだけだ」 それには僅かに笑いも出るが、この状況でそれ――特に後のが重要だという事を分かる人間は顔色が変わる。 手に入れた後すこし試してみて分かったのだが、どうやら戦闘時は刃部分が魔法で出来た空気の膜のようなもので覆われるらしく、それが鎌鼬のような役割をしてあの馬鹿みたいな切れ味を実現しているらしかった。更にはその所為で刃には実際肉も血も触れないのだから錆びもしないし、そもそも切れ味の理由が刃ではないからいくら使ってもその性能が落ちる事はないという訳だ。 酒場での会話ででもあったなら、それは便利だなと言われる程度の性能だろう。だがこの手のひたすら数を相手にして武器の補充が出来ない状況ではその性能の有り難さは場数を踏んできたもの程分かる。おそらく今日ここまでの戦闘ですでに武器がロクに斬れなくなっている者は多い筈で、この状況で本隊と合流するまで戦わなくてはならない事を不安に思っている者はかなりいるだろう。 「けっ、武器が使えなくなる心配がないってのは羨ましいねぇ」 だから嫉む者がいるのは想定内で、セイネリアは怒ることもせずにむしろ笑って言ってやった。 「あぁ、これを手に入れられたのは幸運だった」 「幸運か、あんたが余裕ぶっこいてられるのはそれがあった所為だった訳か、ずりぃことで」 あぁこの馬鹿はいらないなと思いつつ、それにセイネリアは笑みを顔に貼り付けたまま返した。 「それを狡いと考えるのは愚かすぎるな、むしろここに俺という戦力がいた自分の幸運を素直に喜んでおいた方がいいと思うぞ」 金に輝く琥珀の瞳で笑いかければ、男は鼻白んで口を閉じる。 だが妙な緊張感に場が凍り付いたところで、それを崩す明るい声がその場に響いた。 「成程ね、そりゃそうだ。あんたみたいなインチキレベルの戦力があった所為で、どうにかこれだけ生き残れたんだしな」 声はやはりあの青い髪のアッテラ神官で、彼はにかりと笑うと背伸びをし、あー疲れたと言いながらどかりと座り込んだ。どうやら今までけが人の治療をしていたらしい。 「そンで、敵サンが急に大人しくなったのはどういうこった? 俺ぁ治療してて分かンなかったンだがよ」 おそらくこの男は現状を皆に伝える為、わざとセイネリアに聞いてきているのだろう。セイネリアはそれを分かっていて付き合ってやる事にする。 「予想だが、魔物達は何か頭のいい魔物に操られてる。それの指示でいったん退いたらしい」 「あぁ確かに、ありゃ操ってる奴がいなきゃ出来ない芸当だろうな。だがどうして退かせたんだ?」 「さぁな、だがここから俺たちが動き出せばまた襲ってくると思うぞ」 「動かなきゃ襲ってこないなら、本隊が来てくれるのを待つのがいいかね?」 「動かなければ襲ってこない、とは断言できないな。それに本隊がこちらに来るとして結構時間が掛かる可能性がある」 「どういう事だ?」 「向こうも苦戦中の可能性が高い」 途端、黙っていた周りがざわつく。各自不安な顔をして周りとひそひそと話し始める。アッテラ神官もずっと浮かべていた気楽そうな笑みが固まって、顔色が明らかに変わった。 「こちらの光石が上がった後、本隊が行った森の方角からも光が上がってる、向こうも交戦中なのは確かだ。そして本隊のプライドとして余裕がある戦闘なら光石を投げたりはしないだろうよ」 ざわつきが大きくなる。セイネリアは少しも表情を変えなかったが、アッテラ神官は言葉を返すのを忘れてごくりと唾を飲み込んでいた。 冒険者的なお約束として、助けを求める場合は光石を空に投げる。こちらが広場で襲われて間もなく、誰かが本隊に知らせるために光石を空へ投げたのは見ていたが、その後はあの実体のない魔物でパニックに陥った為、本隊のほうからも石が投げられて空が光ったのを見ていたものは少ないだろう。 「……つまり、助けをアテには出来ないってことか」 「そう思った方がいいだろうな」 --------------------------------------------- |