黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【6】



 トルサディラ山は徒歩だけで行けば体力自慢の冒険者の足でも首都から5日は確実に掛かる。だが今回は途中から街間馬車を使った為、3日でトルサディラ山のあるグローディ領に入る事が出来た。
 魔法が日常にあるクリュースでは、魔法によって長距離を一瞬で移動する手段というのも勿論ある。ただそれを可能とする術者と設備は限られていて、庶民や一般冒険者ではそうそう使えるものではなかった。それでも国土の広いクリュースでは他国に比べて交通手段の整備はかなり進んでいて、街間馬車は途中に寄る街や村で馬や御者を変え、その時の休憩時間以外は休まずずっと走るので当然徒歩より圧倒的に早く着く。

「かー、やっと着いたかぁ。体のあちこちが痛い痛い」

 馬車から降りた途端背伸びをしだした面々を見ながら、当然セイネリアも体を伸ばして筋肉の固まり具合を確認した。
 街間馬車は便利ではあるが、勿論寝るのは揺れる馬車の中となる訳だから体的に相当きついのは仕方ない。だから体力に自信のない女子供の場合は途中の街で一度降り、その日は宿を取って翌日の馬車に乗って目的地までいく乗り継ぎ方式で行く事も多かった。それでも馬車のチケット代は乗り継ぎ無しと変わらないからかなり良心的ではあるのだろう。ついでに言えば戦闘能力のある冒険者の場合、何かあったら馬車を守って戦うと約束すれば割引もしてもらえる。首都からではなく途中から馬車に乗ったのは、その枠に空きがある馬車を探していたからというのもあった。

 ちなみに各領地間を移動する時に検問があった場合も、冒険者の印である冒険者支援石を予めチケットと共に見せておけばスルー出来るのだからシステムとしては相当によく出来ている。クリュースにおける王の権力は領主達に対して絶対的という事もないが、首都の人口と発展ぶり、それに王に従う魔法ギルドの力は圧倒的なので逆う者はまずいない。それになにより、魔法による豊かな生活と冒険者制度によるさまざまな恩恵を受ける為に、どの領主達も国のシステムは割合従順に受け入れているという傾向があった。

「流石にこれでいきなり今夜から山へ入るってのはきついよな」
「だな、今日は宿でゆっくり寝るとするか」
「確か、トルサディラの化け物退治に来たって言えば、宿代を少し負けてくれるって話じゃなかったか?」
「おー、そりゃいいな。今夜くらいはゆっくり体伸ばして寝ようぜ」

 口ぐちにそういって宿に向かう連中を見て、だがセイネリアは足を止める。

「どうしたんだ?」

 気づいて振り向いた彼らに、セイネリアは宿屋街へ続く道から一つずれた路地を指さして言った。

「俺は今夜は宿ではなく向うにしとく」

 指した先の路地がいわゆる色街へ続く道な事を気づいた面々は、それで思い思いにひやかしの言葉を掛けてきた。

「おーぉ、若けぇな、さっすが力が有り余ってる奴ぁ違うねぇ」
「やっぱ男はあっちから鍛えねぇと強くなれないのよ」

 放って置けばどんどん下品な言い方になっていくのもこの手の馬鹿からすれば想定内の事なので何か言い返してやる気もない。だからセイネリアはそれらを完全に無視して、リヴドに明日の待ち合わせを確認すると彼らと別れた。

 娼館、と言ってただ性欲発散しか考えない普通の馬鹿共は扱い易い。セイネリアの場合女を買う理由の大半は情報収集で、特にこういう初めて来た場所となればその意味は大きい。更にいえば今回のように、どう考えても領主が本当の思惑を隠して冒険者を利用している場合などは領主がどういう人間か出来るだけ情報を仕入れておきたいし、今までやってきた冒険者の様子や彼らがどうなったかも出来るだけ知っておきたかった。酒場で他の冒険者から情報を仕入れるのもアリではあるが、それはあくまで冒険者目線の情報しか手に入らないし、商売敵でもあるこちらにどこまで本当の情報をくれるかも怪しいところだ。娼婦からはその土地にいるものの情報と、客である冒険者に対する客観的な情報が手に入る。しかも他人の目がないベッドの中は外で言えないような情報も手に入るから、純粋に価値の高い情報が手に入り易いというのもあった。……勿論それは女側の嘘を見分けられるだけの頭を持っている事と、娼婦の事情をよく知っている事が前提になるが。いい情報を持っている女は頭がいいから、ただ聞いて教えてくれる程口が軽くはない。

「……まぁ、娼館育ちというのは意外に役に立つものだ」

 娼館が並ぶ通りに入れば感じる空気に、妙に落ち着く自分がいる事をセイネリアは自覚していた。普通の宿よりこちらの方が、自分の場合は確実に気が休まって疲れが取れるのだからそういう意味でもリヴド達と一緒の宿に泊まる意味はない、だが……。

「命を狙ってる連中と同じ屋根の下というのは、それはそれで面白かったかもしれんがな」

 今回の『仲間』がただの仕事仲間なら同じ宿を取る意味はないが、『味方のふりをした敵』なら意味はあったなと、それだけは少し残念に思う自分はやはりおかしいのだろうとセイネリアは思った。



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