黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【7】



 翌朝は雨ではないが曇り空で、早朝ではあっても夕方近くのような薄暗さの残る天気の中、セイネリアはパーティーメンバー達と一緒にトルサディラ山へと入った。
 かなり高額の賞金が掛けられているとあって今日山へ入った冒険者達は他にもいて、セイネリア達は何度か山の中で他の人間の声を聞いた。ただそれも最初の内の、ちゃんと作られた山道を歩いている間だけで、途中獣道に入ってからは聞く事はなくなったが。
 とはいえ他を出し抜くなら、他の者達も道ではない場所へと入って行ったのは確実だろう。昨夜聞いた娼婦の話では、ここ3日程化け物は誰も見つけていないからそろそろ出てもおかしくはないということだった。化け物は相当用心深いようだが、賞金が出てから一月、月の神の交代が一周するくらいにはずっと冒険者が山を荒し回っているから、そろそろ神経的にキレてもおかしくはない。

「おい、なんだよ。あんたが先頭に行くんじゃないのか?」

 見通しのやたら悪そうな藪の中に入る時、セイネリアが下がれば、一緒に先頭を歩いていたリヴドが不満そうにそう言ってきた。

「あぁ、こういうところなら初撃はこっちの方がいいからな」

 言って小型の弓を荷袋から出せば、周りの人間が口ぐちに驚きの声を上げる。

「あんた弓使えるのか?」

 『セイネリアと言えば力自慢の乱暴者』というイメージだろうから確かに彼らには意外だろうなとセイネリアは他人ごとのように思う。でかい弓でも持ってくれば納得したのかもしれないが、そんな目立つものを持って歩く気もなければそれメインで使う気もない。ただ、そういえばシェリザ卿はセイネリアが森の番人の弟子をしていたとまでは知っているが弓を使える事までは見せた事がないから知らないかもしれない。なら当然リヴド達は聞いていなかっただろうし、これは少々彼らにしてみれば計算違いかもしれないな、とそこでセイネリアは薄笑った。

「まぁな、なにせそこそこ長く森に住んでいたからな」

 だから先頭はあんたに任す、と言えばそこでリヴドは断れない。それでも一番後ろではなく2番目につくのだから普通は文句を言われるポジションではない。それにどうせ、弓を使っていられるのも敵に接近されるまでだろう。

「接近されたら剣で援護するさ」

 だからリヴドの肩を叩いてそう言ってやれば、リヴドは少し不貞腐れた顔ながらも、分かったよ、と返してきた。
 だがそれで改めて出発しようとすれば、パーティ内の一人の男が皆の足を止めさせた。

「ちょっと待って、ついでだからもう武器に魔法掛けちゃうよ」
「魔法?」

 セイネリアが怪訝そうにその男を見れば、男は胸を張って得意そうに言い出す。

「俺の神様は火の神レイペだ。って事なんで俺は武器にちょっとした強化魔法を掛けられるのさ。斬りつけた瞬間熱を出すって術なんだが、まぁ切れ味が良くなる程度に思ってくれりゃいい。戦闘前は必ず皆に掛ける事にしてンだ、だから剣をちょっと貸してくれないか?」
「そうそう、なかなかいいぜ、邪魔な草とかさくっと刈り取れるし」
「おいおい、草刈り用かよ」

 言いながら彼らは笑いあって、次々その男に自分の剣や短剣を渡していく。どう考えても胡散臭いがここで断ればこちらが向うを疑っているのがバレる為、ここは大人しく従うしかないかとセイネリアは判断する。

「――……ほい、返すぜ」

 渡した剣に軽く術を唱え、男はすぐに剣を返してきた。剣を眺めても特に変わった様子はないが、刀身を指で触れれば僅かに熱を持っているのが分る。

「鞘に入れときゃ昼くらいまでは効果が続く、まぁ斬りつけりゃ持って3,4撃だろうな。何もなかったら昼にまた術の掛け直しするぜ」

 持った感覚としては特に問題はなさそうに見えて、暫くじっと剣を眺めていたセイネリアも他の者と同じく鞘に仕舞った。

――まぁいい、いざとなれば剣が使えなくなっても手はある。

 そうして弓に持ち替えたセイネリアは、だがその直後に前を歩き出そうとしたリヴドに向けて声を上げた。

「何かいる」

 途端、全員が足を止める。
 緊張を身に纏って、全員が全員周囲に意識を集中する。
 セイネリアは弓をすぐに放てるように持ちながら、リヴドの行こうとしていたその先を見つめた。自然、他の者の視線もそちらに向かった。



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