黒 の 主 〜冒険者の章〜 【5】 二日後の早朝、約束した通り事務局前でリヴド達と合流したセイネリアは、そこから南門を出て、冒険者となって初めてシェリザ卿以外から受けた仕事に出かけた。 つまるところ結局、セイネリアはその仕事を断らずにそのまま受けた。 あの男から聞いた話は真実だとして、その可能性は最初から分っていて受けた仕事だから別段断る理由はない。逆に上手くリヴド達の尻尾を掴めれば面白い事になるし、危険だからと逃げるのは性に合わなかった。更に言えばシェリザ卿はナスロウ卿のもとでどれだけ自分が強くなったのかもわかっていない、だからリヴド達もセイネリアを力だけと舐めている可能性は高く、そもそもこちらを殺せるだけの手を用意出来ているかさえ疑わしいというのもある。 まぁそれでも結局は、殺せるものなら殺してみろ、という気持ちだったというのが正直なところではある。それを逆に楽しみにするくらいの気持ちでセイネリアは仕事に出かけたのだった。 今回の仕事内容は早い話が化け物退治――トルサディラ山に住み着いてしまった化け物がなかなか厄介で賞金が出ているからそれを倒しに行く――というもので、セイネリアとしては内容的にも興味がある仕事だと言えた。 「厄介、というのは具体的にどんな状況なんだ?」 出来ればあまり連中とは話したくなかったが、この程度は聞いておかないと心構えのしようがない。だから道中、休憩時に聞いてみれば、リヴドは思ったよりも詳しくその内容を話してくれた。 「あぁ、なんていうか逃げ足が速くて用心深いんだとさ。少人数の連中しか襲わないし、不利だと分かるとすぐ逃げちまうらしくてな。強そうな連中がパーティー組んで退治に行ったり、領主サマが討伐隊を組んで向かったりしたんだけどさ、そういう時には絶対現れないらしい」 「どんなタイプの化け物なんだ?」 「なんだったっけな、見た奴の話だとデカイ猿っぽい感じらしい。えらい素早しこくて腕の力も強いとか、あと爪がすげぇらしい」 「討伐隊は巣を見つけようとしなかったのか?」 「そらしたんじゃないかな、ただ見つからなかったんだろ。そもそも用心深いならそう簡単に見つかるような巣じゃないだろ」 それは確かに、と呟いてセイネリアは考える。用心深い獲物を狩るのは根気がいる。倒せるだけの戦力があるなら、それが飢えて出てくるまでの我慢比べが基本だ。もしくは、少数相手には出てくるというなら囮を使うか――とそこまで考えて、セイネリアもこの仕事の本当の意味を察した。 「この仕事に賞金をかけているのはそこの領主だったな」 「あぁそうだ、領主サマも必死になって奴を退治しようとしてるらしいけどな、なにせ討伐隊の前には出てこないし、だから少数精鋭の冒険者ならって考えたんじゃないか?」 「……そうだな」 話はそこで終わりにして、後は黙ればリヴドや他の連中もそれ以上こちらに話し掛けてはこなかった。 今回の仕事、信頼すべき『仲間』が敵というのは分かっていたこととして、内容の方もなかなかにキナ臭い。なにせおそらくここの領主が無能でなければ、賞金を掛けて冒険者を広く募ったのはその冒険者達に化け物をおびき出す囮になってもらおうという腹だろう。 冒険者の仕事の中でも害獣指定の化け物退治や珍しいモノの採取、それに賞金目当ての仕事に関しては、結果を出して初めて仕事が成立する。つまり依頼者と冒険者で契約をしている訳ではないから、その結果を出す前に死んだり怪我を負った者に関して依頼者は完全に無関係だと言えるのだ。危険な討伐依頼の場合、大抵は多少の前金を払うのが普通であるからそういう意味でも懐を痛めなくても済む……ただ勿論、冒険者側もそれを承知しているから厄介な化け物程かなりの賞金額でないと動いてくれないし、強い上級冒険者達はその手の損が出るかもしれない仕事には目もくれない。だから本気で討伐して欲しい場合は、信用出来るだけの腕がある上級冒険者を指名して倒して貰った方が安く済む場合も多い。 ――だが今回は、その賞金さえ本当は払わないつもりなんだろうな。 冒険者達を囮にして自分の領内兵で倒す事が本当の目的だろう、とセイネリアは推測する。なら恐らく最悪の場合でも、化け物が出てくればすぐ向かえるだろうところに兵がいる可能性が高い、助けがくる可能性が高いということだ。 ――その状況で、どうやって俺を殺す気だ? リヴド達がこの仕事の意図に気付いているのかどうか、そこまでは分からない。けれどこの状況は面白いじゃないか、とセイネリアは一人俯いて唇に笑みを引いた。 --------------------------------------------- |