黒 の 主 〜冒険者の章〜 【36】 翌朝、予定通り早く起きたセイネリアは、服だけで装備は着けず、剣だけをもって外へ出ようとした。 「どちらへ行かれるのですか?」 こちらが起きると同時に起き、何も言わなくても当たり前のように急いで身支度を整えた女は、どこか緊張した面持ちでセイネリアを見ていた。 「まぁちょっと外に出てくるだけだ。ついて来るならきていいそ」 だからそう言ってやれば、途端に緊張が解けて嬉しそうにカリンは答える。 「はい、では、お供いたします」 貴族の屋敷でその権力具合がよく分かるものと言えば、豪華な家具や装飾品もそうだが一番は警備兵の数だろう。グローディ卿は田舎貴族とはいえ領地持ちであるから、さすがに客とはいえ外に出るまでに2回程セイネリアは兵に呼び止められた。別にやましいことがある訳でもないからこそこそ隠れなかったというのもあるが、一回目は屋敷の正面口である大扉の前で、二回目は外に出てからの庭を巡回していたらしき者にだった。どちらも割合軽装の兵でしかも一人づつだったから、屋敷内部はあまり警戒していないようだとセイネリアは判断する。試しに見てみた正面門には二人いたし、後は巡回の兵ももう一人見たから外の方はそこそこの警備はしているようだが。 呼び止められても、セイネリアのいかにもな軽装と、あとは『朝の鍛錬だ』と言えば彼らもそこで引き下がる。ただ、『朝の鍛錬』というには庭をやたらと歩きまわっているセイネリアに対して、付いてきているカリンは特に何も言わなかったが不思議に思っているのは顔に出ていた。 暫くして、目的の光景を見つけたセイネリアは足を止める。目のいいカリンも、そこでようやく主が何を探していたのかを知る事になった。 そこには、早朝のまだ少し冷たい空気の中、一心不乱に剣を振る男が一人。 その姿が初めてナスロウ卿を見た時の姿と重なって、セイネリアは口元に皮肉げな笑みを浮かべる。野宿中は見張りがあるからしなかったのだろうが、宿に泊まった日に早朝出て行っていた姿を見てから察しがついていた。かつてのナスロウ卿を崇拝しているなら、確かに朝の鍛錬を真似していて当然だろう。騎士ザラッツの剣を振る姿を、セイネリアは暫く眺めていた。 おそらく、ナスロウ卿に憧れた時から続けているだろう男の姿を見ればそれに見合った実力があるというのはすぐに分かる。ナスロウ卿が毎朝やっていた鍛錬と同じ動きをしている男の動作は長年それを続けて来た確かさがある。振る剣はブレることなく、止める腕は力強い。動きには一切の無駄がなく、遊びもなく、ただ一心不乱に、正確に、男は剣を振る。その姿は確かにかつてのナスロウ卿に重なる。ただの貴族のボンクラ息子がここまでになる為、尋常ではない努力と鍛錬を積み重ねてきただろうことは容易に想像できた……けれど。 その時のセイネリアの唇に浮かんだのは、ただの嘲笑の笑みだった。 ナスロウ卿と重なる姿――そこまでの努力に感心はしても、あの老騎士を初めてみた時の感嘆から出た笑みではなく、彼に対して浮かぶのは嘲笑の笑みでしかなかった。 ザラッツの真っすぐ空を見つめる瞳は迷いがなく……だがなさ過ぎて他に何も見えていない。動きは確かにナスロウ卿によく似ていたが、それは言い換えればただのコピーだ。積み重ねた鍛錬の分、この男は強いだろうと思えても、セイネリアからすればただの雑魚と同じにしか映らなかった。 --------------------------------------------- |