黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【37】




「見事だな」

 声を掛ければ、そこでやっとザラッツは動きを止める。
 息を整えて、こちらを笑顔で見返した騎士に、だがセイネリアは重ねて言葉を続けてやる。

「見事なモノマネだ」

 声にも顔にも、明らかに侮蔑を含ませて。

「ただ教えられた事をひたすら反芻するイイ子の優等生だったというのがよく分かる」

 さすがにそこまであからさまに言えば、騎士も柔和な顔を保てるわけなどない。明らかに敵意を向けてきたザラッツは、それでも自分を制するためにか一度剣を鞘に納めて息を大きく吐いた。

「同じ動きを繰り返す事は訓練の基本です。まず体に覚え込ませて、どんな時でも頭で考えるより先に体が動くようにしろ――と、そう貴方はあの方に教わりませんでしたか?」
「あぁ、確かにジジイはそんなことも言っていたな」
「なら、まずその動きを正しく覚える事が大切です。これを真似というのは違うでしょう」

 抑えてはいても声には怒りが混じる。それにも自然と笑ってしまって、セイネリアは益々馬鹿にした口調で言ってやる。

「それは間違っていないが、お前のは真似だ。なぜならお前は既にその動きが出来るだけの実力がある。なのにお前が目指すのは更に正確にあのジジイの動きを真似る事で、そこから動きを足す事も省略してみることもない」

 ザラッツは歯を噛みしめる。そうして明らかにこちらを睨んでくる。

「これは体をほぐすためのただの準備運動ですから」
「成程、筋肉を温めるために動かしているだけの決まった動き、という事か」
「えぇそうです、それを見てマネだなんだと偉そうに講釈を垂れるのは恥ずかしい事だと思いますが」

 流石に真面目な男でさえ返してきた嫌味に、だがセイネリアはそこでわざと嬉しそうに笑って見せた。

「そうか、それなら良かった。ただのモノマネ男なら、たとえ訓練だとしても剣を合わせてみる価値もないからな」

 言いながら挑発するように鞘から剣を抜けば、こちらを睨みつけたままザラッツも再び剣を抜いた。

「三本勝負は好きじゃない、一本でいいか?」

 セイネリアが言えば、騎士は自分を冷静にしようとしているのかまた大きく息を吐く。

「えぇいいですよ。術はどうします?」
「どちらでもいい。俺は使わないが」
「では互いになしで。負けた言い訳にされたくありませんので」

 言い切ると同時にザラッツは後ろを向いて距離を取る。セイネリアも背を向けて距離を取る。そこで必然的に取り残される形になったカリンにセイネリアは言った。

「カリン、お前は下がっていろ。それと開始の合図を頼む」
「あ……はいっ」

 急いでカリンは二人の男から距離を取り、そうして双方が構えるのを確認してから手を上げて宣言した、はじめ、と。



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