黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【34】



「あの男の目的が何で、グローディ卿をどう使うつもりなのかが知りたいところだが……」

 いっそそれは自分が直接聞いた方が早いかもしれない、とセイネリアは思う。ナスロウ卿にこだわっていたあの男なら、セイネリアをナスロウ卿の意志を継ぐ者として協力を呼び掛けてくるかもしれない。
 と、そこまで考えてから、セイネリアは自分でも明らかに不機嫌そうに顔がゆがんだのが自覚出来た。
 あの男の狙いを探る為とはいえ、あれだけ否定してやったナスロウ卿を継ぐ者、という目で見られるのはやはり耐えられない。そのフリを自らするなど道化以外の何者でもないだろう。

「あ、あのっ……」

 考え込んでいたセイネリアだが、カリンがやけに真剣な顔で声を上げたことで彼女の顔を見る。

「何だ?」
「あの騎士の事を……私が、もう少し探ってみましょうか?」
「まぁそうだな、話す機会があれば多少は探ってみろ。だがいかにも聞き出すような話し方はするなよ」

 どうせカリンにこれ以上核心に近い事は話さないだろうとセイネリアは思っていたから、正直なところ期待してはいなかった。それよりはグローディ卿や、ここの使用人たちに普段のあの男の仕事ぶりを聞いたほうがまだ何か分かるかもしれない、とそう考えて言った言葉だったのだが、カリンはそれに了承を返すでもなく妙に緊張した顔でこちらを顔をじっと見つめてくる。

「あの、そうではなくっ……その、女として使える方法を全て使って……その、話を聞き出せば……」

 そこでやっとセイネリアはカリンの言いたいことが分かった。

「なんだ、奴の寝室にでもいって色仕掛けで聞いてくる気か?」

 カリンはそこで顔を赤くしてこくりと頷き、下を向いた。セイネリアはため息をついた。

「やりたいのか?」

 聞いてみればカリンは顔を横に振る。ボーセリングの犬として教育されていたからそういう方面でも何かしらの訓練は受けているのかもしれないが、彼女に期待されていた役目を考えればその可能性は薄い。というか、少なくとも平然とその手が使える女ではないというのはセイネリアが一番よく知っている事だ。

「ですが、主の命令であれば……」

 消え入りそうな声で言ってくる女には呆れるよりも苛立(いらだ)ちさえ覚える。

「俺がそんな命令をするか。いつまで『犬』のままでいる気だお前は」
「申し訳ありません、余計な事を言いました」
「謝るな、別に意見するのはいい。俺はお前をただ従うだけしか出来ない『犬』にする気はない。疑問があるなら聞いていいし、俺への否定的な意見でもおかしいと思うなら言うだけ言ってみて構わない。発言だけで怒って罰するような事はしないから安心しろ」

 女はそこで驚いた顔をして見上げてくる。

「いいの、ですか?」

 やはりあの手の場所での教育といえば上から押さえつけられるのが基本で、逆らう事など許されなかったのだろう、というのは分かる。分かるが、自分をそういう犬根性の目で見ていたというのが気に入らない。セイネリアは我ながら怒るべきではないと思いつつも、明らかに不機嫌な声になっているのを自覚しながら言う。

「あぁ構わない。特に今はお前も俺の事をよく知らんだろうし、俺もお前の事をよく知らない。とりあえず聞きたい事は聞いていい、言いたくなければそう言うし、言ってもいいことなら答えてやる、分かったか?」

 下を向いたまま、そこでカリンはまたこくりと頷いた。

「いいか、俺の手足となって尽くせとはいったが、何も考えず盲目的に従えという意味じゃない。それより、俺の目的を理解して、状況と相手を見て自分で考えて動いてくれるようになってくれないと困る。今回の件で言えば――確かにあの男の目的は知りたいが、どうしてもという程の段階ではない時点でお前にリスクがある手段を取らせる気はない。逆にどうしてもという状況でもあっても、嫌ならそんな手を使わなくても済む方法を考えればいいだけだ。もしくは、色仕掛けでも上手くはぐらかして脅すなり、寝なくても情報を聞き出すだけならいろいろあるだろ。そういうのが分からないならあの婆さんのとこにはいくらでも得意な連中がいた筈だ」

 なんでわざわざこんな事を言わなくてはらないのだと、言いながらセイネリアはうんざりする。言い方が更にきつくなっている自覚はあったが、カリンは下を向きながらも黙って聞いていた。



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