黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【33】



 最後だからと強行軍を決行したのもあってか、月が上がりだす頃には街について、空が完全に暗くなった頃にセイネリア達一行はグローディ卿の館に着いた。
 騎士ザラッツの言う事によれば、今日中に帰るという連絡は既にしてあったものの今夜はゆっくり休みたいと伝えてあるので、ねぎらいの酒宴は明日ということでグローディ卿とは話がついているらしい。それならそれで構わないが、正直を言えばあまり長居をしたい訳でもないから滞在日数が伸びるのは嬉しくはなかった。少なくともこれでここを出て行くのは明後日以降になるのが確定してしまったことになる。

「で、あの騎士様とは何を話したんだ?」

 部屋について聞いてみれば、カリンは少し緊張した面持ちで答えた。

「はい、基本はあたりさわりのない……辺りの気候や地理についての話でしたが、多少は彼の身の内話も聞けはしました」

 あの騎士が何者であるか――主が知りたいことはそこだとカリンは思ったのだろう。やはり使える女だと、だから少し笑って見せれば彼女は僅かに緊張を和らげて言葉をつづけた。

「出身は首都で、父親はおそらく宮廷貴族……ただあまり地位は高くなさそうでした。一応屋敷住まいだったものの使用人は少ない、という事ですので。ですがあまり贅沢はしていなかった分、生活に困る事もなく成人するまではのんびり育ったとは言っていました」

 ただし成人したら家を出なくてはならず、当然その程度の家では出て行く息子に十分な金を用意することは出来なかった――もしかしたら父親か家督を継いだ長男に嫌われてまったく支援を受けられなかったというセンもあるが、それでもどうにか生きていけそうな道として騎士になって騎士団に入ったというところだろう。

「食うために騎士団に入った、と言っていた通りではあるか」

 そんなのほほんと生きて来たボンボンがどうしてそこまでナスロウ卿に心酔したのか。ボンボンだからこそ、初めてみた誇り高い本物の騎士というのに憧れたか。

「騎士になった当初は何もできず恥ずかしい日々を過ごしていたと。けれどある人の所為で目が覚めて本物の騎士になろうと思ったという事です」

 そこまで聞けば、カリンがかなりザラッツから彼の身の上話を聞き出そうと努力したのは想像出来る。なにせナスロウ卿の名は出さずともあの抜け目ない男がそこまで話す気になったのだから大したものだ。……まぁ、セイネリアに話が流れるのを想定してわざといった可能性もあるが。

「ある人か……まぁそれがあのジジイなのは分かるとして、どうしてまたそこまで人生を変える気になったのか」
「ある人、に関しては聞き返しても答えてはくれませんでした」

 それはこちらで分かっているから構わない、とセイネリアは手を上げて笑ってやる。

「だろうな、まぁそれはそれでいい。これだけ聞ければ上等だ。あとは現在の主であるグローディ卿について何か言っていたか?」

 今回の件でグローディ卿にはそれなりに貸しを作った。あまりそれにアテにしすぎるのはこちらの価値を落とす事になるからやる気はないが、それでも使える駒の一つに読み切れない要因としてあの男が傍にいるのは厄介だと思う。

「そちらもそれとなく聞いてみましたがあまり詳しいことは……ただ、単純明快で貴族としては善良ないい人物だとは」
「確かに言っていたな……操りやすいという意味にも取れるがな」
「どうでしょう、馬鹿にしたり、軽んじているような様子はなかったと思いますが」
「なら少なくとも、グローディ卿を利用して使い捨てるつもりまではないとみていいか」

 セイネリアは考える。腐った騎士団の貴族騎士連中を憎み、ナスロウ卿に心酔していたあの男がただ全力で仕えるためにグローディ卿の下についたとは思えない。ならば何か目的があると考えるのが当然で、利用する為だというならグローディ卿のような善良な人間を選ぶのは理に適っている。それこそセイネリアもグローディ卿に対して思った事だ。




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