黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【32】



 グローディ領の入り口でもあるシャサバルの砦は砦というには規模が小さすぎて、領内に入る者の見張り小屋ともいえるようなところだった。それでも一応十数人規模の兵はいて、装備と設備の違いで盗賊程度なら楽に撃退出来ているらしい。だからそこを抜ければ盗賊に会うこともなく、そうなれば無駄な寄り道がなくなった分一気にペースはあがる。特に今日は少し無理をすれば夜には街につくとあって、馬の為の休憩以外は休憩時間を最小限に減らして道を急いでいた。

「悪いね、俺がこっちで。あれは本当はあんたの女なんだろ」

 流石にこの男を向こうの馬に乗せる訳にはいかず、カリンがザラッツの馬に乗り、元盗賊の男はセイネリアの馬の後ろに乗っていた。男は最初、それに相当申し訳なさそうに謝っていたが、セイネリアとしてはそれはそれであの騎士と何を話したか後でカリンに聞く楽しみが出来たと言えなくもなかった。

「構わん、逆に面白くもあるしな」
「……なんだ、あの騎士様を探ろうとしてんのか?」

 即答で返した男の言葉に、セイネリアはまた少しこの男を見直した。

「お前はどう思う?」

 だから試すように聞いてみれば、自分が試されているとは分かっていないのだろう、男はいかにも嫌そうに、悪い噂話でもいうように返してくる。

「あまり関わりたくない類の人間だな、善良そうに見えて頭がイってる」

 そう答えるならやはりこの男は使えそうだ、とセイネリアは思う。何にでもただ怖がるだけで何もできないような人間ならいらないが、自分を理解してその直感を磨いて助かろうとしてきたタイプの臆病者なら利用価値はある。少なくともあぁいう本気でヤバイ人間への嗅覚が確かなら『使える』だろう。

「お前の仲間だった連中よりもイってるか?」
「馬鹿でウスノロじゃない分、あの騎士様の方がヤバイだろうな」
「確かにな。まぁお前は関わらないほうがいい」
「あぁ、そうさせて貰うよ」

 いくら使える臆病者と言っても、あの騎士を探らせる役はこの男では無理だ。だからこそカリンが丁度いいのだが、それでも別に目に見えた成果を期待している訳ではなかった。彼女にとってはあの手のタイプの人間を観察するいい機会だと思った程度の事である。ただやはり、ああいう堅物に『女』をあてがうというのはお約束の手で、鼻の下を伸ばしてべらべら喋ることはなくても多少の会話くらいはしただろう。

「一つ教えておいてやる。あれがヤバイ人間であることは確かだが、見た目通り善良で真面目というのも確かだぞ」
「……そうなんかね?」

 疑わし気な、少し驚いた声の男に、セイネリアは笑って言う。

「あぁ、お前の場合、危険を嗅ぎ分ける能力はたいしたものだが、人を見る能力はまだだな」
「……かも知れねぇ、ああいうヤバイのを感じたら俺はすぐ離れるからな」

 ばつが悪そうではあっても素直に認めた男に、セイネリアは機嫌よく返す。

「まぁ、自覚があるならいいさ。お前の場合はそれで構わん」

 ただカリンはそうであっては困るんだが……と騎士の後ろに乗る女になったばかりの黒髪の少女の後ろ姿と真剣そうな横顔を見て、セイネリアは苦笑した。



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