黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【21】



 『お使い』の目的地は、グローディ領からは二つ隣に当たる領地の領主ザウラ卿のいるクバンの街。二つ隣とはいっても間に入るスザーナ領は領内の端を横切る程度なので実際はそこまで遠くはなかった。
 ただその手の複数の領地が交わる場所といえばお約束と言える『危険』がある。
 今回の仕事だが、いわゆる単純な『お使い』が仕事とは言っても勿論危険がまったくないという事はありえない。首都から離れた田舎領地の場合、街道が整備されていない事で襲ってくる獣や化け物の危険はつきものだし、それに何よりこの手の領地の境界辺りといえば盗賊がつきものだ。
 クリュースの場合、他国で犯罪を犯した者でも冒険者登録はできるし、とりあえず冒険者になりさえすれば最低限の仕事にはありつけるため盗賊の被害は比較的少ない。更に言えばここ数年、クリュースに面と向かって敵対する国もないから戦争といっても国境の小競り合い程度しかない平和な世が続いていて、盗賊予備軍ともいえる戦場から逃げだした兵士というのがそんなに出ていないというのもある。
 だから、この国で盗賊になるものというのはまず大抵は冒険者くずれと決まっている。冒険者として依頼を遂行できなかったどころか酷い失敗をしてしまったとか、契約違反をしてしまったなどで元の冒険者生活に戻れなくなってしまった者達だ。

「この辺りも盗賊が出るのか?」

 だから、休憩の時にそれを聞いてみれば、ザラッツは申し訳なさそうな顔をして答えた。

「えぇ、お恥ずかしながら、最近の化け物騒ぎでこの辺りはかなり放置していたので……ですが貴方がいれば問題ないでしょう」

 言葉だけ聞けばいわゆるおべっかの類かと思えるが、それはなさそうだというのは顔を見ればわかる。にこにこと嬉しそうなザラッツの顔は単純に強い人間に向ける憧れのまなざしというやつで、セイネリアとしてはただのおべっかよりも居心地が悪かった。

「あの……セイネリア殿、少々おたずねしたいことがあるのですが」

 そのザラッツが、急に姿勢を正して意を決した様子でそう聞いてきたから、セイネリアは思わず眉を寄せた。

「なんだ?」
「その……貴方が使っていたあの槍はナスロウ卿から譲り受けたモノ……ではないでしょうか?」
「あぁそうだ」

 この手の正直そうな者に嘘を言うとあとが面倒な為あっさり肯定すれば、ザラッツは途端嬉しそうに満面の笑みを顔に浮かべた。

「やはり、ならば貴方もあの方に教えを受けたのですね」
「……確かに、あのジジイには鍛えて貰ったな」
「それなら貴方が強いのもわかります。やはり――よかったです」

 感慨深そうな顔で遠くを見つめるその姿を見れば、彼がナスロウ卿と知り合いだろうというのは分かる。それに『貴方も』というからには――年齢的に見て騎士団時代の部下かという予想も、そこから続く彼の話で肯定されることになった。

「実は私、貴族とはいっても次男で金がなく、騎士になった後3年は騎士団にいたんですよ」
「貴族なのにか?」
「えぇ……一応貴族ということで騎士の称号は貰えましたが、その……正直腕はとても騎士の器に届いてないというのは分かってましたし、称号があるからと冒険者としてそれに見合う仕事を出来るとは思えませんでしたから……」
「なるほど、正直だな」
「……ただの貴族の馬鹿息子だったんですよ」

 この国で騎士なるの為には実力以外で必要なものがいくつかある。一つはまず試験を受けるために、騎士に従事して試験の許可証を出して貰わなくてはならない事。そうして無事試験に受かったとしても、最低限の財産もなく装備を揃える金がないものは騎士団に一定期間所属しなくてはならないという規則があった。ただしこれはどちらも本人が貴族であれば必要ない事になっていて、だからこの男の場合それでも騎士団に入ったのなら――セイネリアの視線が示すことが分かったのか、ザラッツは苦笑して頭を掻いた。

「……お察しの通り、最初は単に楽して生活できればいいやと……でもあの方と会って、私は人生が変わったのです」

 平民でも騎士になれるクリュースだが、騎士団で出世できるのは貴族に限られる――そんな規則があるため、騎士団における役職持ちは家督を継げず自力で何かをやる気力もない貴族の次男以降というのがお約束となっていた。なにせ貴族であれば騎士試験は無条件で受けられる上に基準も甘く一応騎士としての恰好がつけば合格できる。それで騎士団に入れば自動的に役職持ちからスタートである……当然、そうなればかろうじて剣を使える程度の貴族のボンボンばかりが騎士団の重要なポストを全て占めていくことになる――これで騎士団が腐らない訳がない。ナスロウ卿の騎士団での愚痴を聞くたびに、どれだけ勇者一人ががんばったとしても根本から規則を変えない限りどうにもならないだろ、とセイネリアは思ったものだ。

「あの方にはたくさんの事を教えて頂きました。今私が騎士として胸を張れるのは皆あの方のおかげです。ただ……それでもやはりあの方の考えに賛同したのは一部の者だけで……あの方はいつも自分の力のなさを嘆いていました」

 つまりこの男は珍しく、貴族のボンボンでありながらナスロウ卿のもとで心を入れ替えて本物の騎士になった稀有な人物というやつらしい。騎士は目を細めて思い出の中を見つめるように言葉を続けた。

「あの方はとても強い方でした。けれど、騎士団のあまりの腐りぶりに落胆して……失意があの方を弱くして行きました。それが本当に……残念でなりません」

 別に弟子同士でナスロウ卿の思い出話をする気もないから適当に相槌を打つ程度に流していたセイネリアだが、その言い方には妙な引っかかりを覚えた。ただやはりこの騎士を評価するのは一度戦う姿を見てからかと、ザラッツが黙ったのを見て休憩の終了を告げ、出発する事を提案した。



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