黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【20】



 グローディ卿はセイネリアが思った以上に義理堅い男だったらしい。……それとも見返りが大きすぎて気味が悪くなったのか。考えれば確かに今回は少し得をさせすぎたかとはセイネリアも思うところで、その辺りもミスだったと自分でも認めてはいた。とはいえ、これは悪い結果を呼ぶミスではないからあの小男の事に比べればまったく気にしてはいなかったが。

 屋敷を取り戻し、同じ境遇の貴族達に恩を売りまくり、更には賞金も半額でいいとなったことで、グローディ卿はさすがに自分のしたことでは釣り合わないといって礼代わりに別の『仕事』をセイネリアに依頼した。
 仕事としての内容はいわゆるただの『お使い』レベル。つまり、ただ単に他の貴族の元まで文書を届けて返事もらって来るだけの仕事であるが、貴族同士の公式文書の受け渡しを無事やりきったとなれば評価の中でも信用ポイントがかなり入る。駆け出し冒険者程度の信用しかないセイネリアにとっては確かにヘタに金をもらうよりも有り難い事であるのは確かだ。なかなか気が利いた事を考える、とセイネリアの中でグローディ卿に対する評価はそれでまた少し上がったのは言うまでもない。

「それでは、暫くの間よろしくたのみます」
「こちらこそ、よろしく頼む」

 礼儀正しい、いかにも貴族様付きの騎士らしい男から出された手をセイネリアは握り返す。彼はグローディ卿の部下でザラッツと名乗っていた。今回の仕事は『お使い』には違いないが正確に言えば『お使い』そのものは彼の仕事で、セイネリアはその護衛という方が正しい。いくらこちらに信用ポイントを渡すための仕事だとしてもさすがに文書をそのままこちらに渡す事はないというところだろうが、別にそれで気を悪くするセイネリアでもない。こちらとしては貰えるものさえ貰えるのならなんだろうと文句はない仕事である。

「その、それで……そちらのレディも……どうぞ、よろしくお願いいたします」

 今度はかしこまって、隣にいるカリンに視線を向けた騎士の様子にセイネリアは笑いそうになる。所作から見れば腕はマトモに使えるレベルであるのは確かで、主の信用もあるが真面目すぎて女慣れしていない……というところかとセイネリアはザラッツという騎士を分析した。これならカリンを連れて来たのはやはり正解だろうと思う。カリンの経歴を知れば油断などという言葉は出てこないだろうが、女、特に美人相手となるとこの手のお堅い人間でさえもつい気が緩むものだ。それに今回の件、カリンをわざわざ連れてきたのには別の意図もあった。

「ただ、あまり時間を掛けられない為、割合急ぐ事になるので……その、少々女性にはきついかもしれませんが……大丈夫、でしょうか?」

 カリンの恰好はワラントにもらった服だという事で、動きやすさ重視で腕や足の露出が多い。ただしセイネリアに合わせたような黒いマントを羽織っているから普通に立っているだけではそこまで肌が見える訳ではなかった。とはいえ金属防具はなく、いかにも軽装というのは分かるからか騎士が不安そうな目でカリンを見ているのは分かる。しかも見た目だけならまだ若い上に華奢に見えるからか、遠回りにキツイと言い出すなら辞退して欲しいといってくるあたり、ただ女に鼻の下を伸ばして甘くなるタイプでもなさそうかと考える。
 とはいえ、ここでカリンを帰す意味も理由もない。

「問題ない、こいつは見た目以上に強いし体力もある」
「そう……ですか」

 セイネリアがカリンの代わりに答えれば、ザラッツはカリンとセイネリアを見比べて何か言いたそうな顔をする。カリンは一瞬尋ねるようにセイネリアを見たものの、すぐにザラッツに笑って返事を返した。

「はい、女性だからと気を使ってくださる必要はありません」
「分かりました」

 それでやっとザラッツもほっとしたように笑みを浮かべる。しかも出発しようと言った割りになかなか馬に乗らないと思えば、こちらが馬に乗った後、後ろにカリンが乗るのを手伝って、それからやっと彼は自分の馬に乗った。つまり、カリンが乗るのを手伝う為にわざわざ待っていたということだろう。下心がある訳でもなさそうだから、育ちも悪くないのだろうなとは思える。

「それでは、行きましょう」

 最後にこちらに微笑み掛けてやっと動き始めた騎士の馬の尻に向けて、セイネリアも馬の鼻先を変えるとその腹を蹴った。



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