黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【2】



 その日はそれから仕事の打ち合わせ――というか、一方的に向うがしてくる説明をを聞いて、後は仕事の当日である明後日の朝に事務局前に集まる約束をして彼らとは別れた。そうなれば後はそれまでに仕事の準備をしておくところだが、それ以前に仕事が明後日となればそれまでの宿をどうするべきかとセイネリアは考えた。

 一般的に首都を拠点にしている冒険者の場合、定宿を決めておいてそこと長期契約をするのが普通である。金がある冒険者の場合はそれでずっと部屋を借りておく訳だが、金があまりない冒険者の場合は仕事に出かけている間、宿が荷物を預かる代わりに部屋自体は空き部屋として使っていいという契約になる。後者の場合、もし仕事が早く終わった場合に部屋が空いていない可能性もあるが、そういう時は仕方なく空くまで野宿か何処か別の場所へ泊まるかする事になる。言うまでもなく圧倒的に多いのは後者の方で、前者の場合は共同部屋として複数人で契約しているものが殆どで一人での契約はまずない。ちなみに契約した冒険者が死んだ場合は預かった荷物は宿の物になる訳だが、家族や知人への遺言や、遺品として特定のモノだけは渡してくれるように頼んだりという事は出来るところが多かった。勿論、死んだ後に訴える者もいない訳でそんな約束はなかったことにする宿もあるが、そういう宿は冒険者の間で悪い噂が伝わりマトモな冒険者は泊まらなくなっていくものだ。
 そういう事情もあって皆、契約宿を決めるのは慎重になる訳だが、首都に来たばかりの初心者……という訳でなくてもセイネリアは冒険者間の噂話というのはまだ疎い。それに明後日の仕事というなら今からたった二晩の為に急いで宿を取る意味も薄く、だから二晩程度なら知り合いの娼婦の元に泊まるかという結論になるのはセイネリアとしては当然であった。

 ただしそれは当然というかいつもの事過ぎて、他人に読まれるのも仕方ないかとセイネリアは後で自嘲する事になる。

「旦那、セイネリアの旦那ァ」

 娼館へ向かう路地裏に入って、もう聞く事もないだろうと思っていた声を聞いたセイネリアは足を止めて嫌そうに振り返った。

「何だ、あのクソ親父はまだ何か言う事があったのか?」

 そうすれば子供のような身長の男はにやにやと笑いながらも帽子を取って、芝居がかった程恭しくお辞儀をしてきた。シェリザ卿の部下、セイネリアとの元連絡役――確かにこの男なら自分の行動をよく分っている、今後は行動パターンを少し考えるべきかとセイネリアは考えた。

「いえ、シェリザ卿からの伝言を伝えにきた訳ではございません」
「となればなんだ?」

 聞き返せば、小男は嬉しそうに顔を上げた。それから、この男にしては珍しく胸を張って言ってきた。

「旦那はリヴドという冒険者に心当たりがありますでしょうか? もしその者から仕事に誘われたのでしたら、それはシェリザ卿が旦那を殺す為に雇った者でございます」

 それを聞いたセイネリアの顔が固まる。
 思ったことを正直にいえば、気が抜けた、というのが一番近い。
 その可能性も分かった上でどうなるかと多少楽しみにしていた部分もあったので、それがあっさり分ってしまって正直拍子抜けしてしまったのだ。ついでに言えば『ツマラナイ』と思ってしまって、落胆したというのもある。
 一応当然だが、この男が嘘を言いに来た、という可能性も考えた。だがこの男の、まるで犬が投げた棒を拾って持って来た時のような表情を見て、これは事実だろうなと直感出来てしまった。

「あの……嘘ではございません、これは……」
「分ってる」

 こちらが明らかに面白くなさそうな顔のまま黙ってしまったので、不安になったのかおそるおそるそう言ってきた男にセイネリアはため息と共に吐き捨てた。
 顔が憮然としてしまったのは『お楽しみ』がなくなってしまったからに他ならない。ただ、別にこの男に対してどうこう思っている訳ではないのでそれをちゃんと相手に示さないとならないかと思って、セイネリアは軽く息をつくと顔に僅かな笑みを浮かべて男を見た。

「お前が言っているのが本当だろうというのは分かってる。まぁあの親父の事だ、このまま何もなしはないと思っていたが……」



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