黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【1】



 クリュース王国といえばこの一帯では領地の広さでも抱える人口でも誰もが認める最大の国家である。その首都セニエティと言えば人間の多さは他国からきた人間が必ず驚くことになる程、昼間の主要路は人でごった返しているのがいつもの事だった。冒険者として仮登録なら国内に点在する支局で出来ても、正式登録するためには必ず一度は首都の本局にこなくてはならないこともあって、とにかく冒険者になりたい、もしくはなった者は皆首都を目指す。国内の街だけを比べてもセニエティの人の多さは別格で、だからこそこの街は王都ではなく首都と呼ばれ、各領主達のいる領地の都は領都と呼ばれるのが常識になっているのだから。

「まったく、改めて見ても人が多いな」

 行き交う人の流れを眺めてセイネリアが独り言ちれば、その長身からは殆どが見下ろす事になる人々は、黒い服で全身を包んだ男をちらと見て近寄り過ぎないよう距離を置いてすれ違っていく。
 首都のシェリザ卿のもとにいたのだから当然その間のセイネリアの活動拠点は首都で、となればこれも見慣れた風景な事は間違いない。だが今までは主に歓楽街や露店のある大通り、もしくは逆に裏路地やこの街のスラム街に当たる西の下区に行く事が殆どだった為、この街で一番人が集まる冒険者事務局の本局前に来るのはセイネリアにとって久しぶりの事だった。それこそ、この街に来た直後、冒険者登録をした時以来かもしれない。

 自由になったのならとりあえず冒険者として仕事をしてみるか――そう考えて事務局へやってきたセイネリアだったが、シェリザ卿の下で名前を売っておいたのは悪い面もあったなと少々考える事になった。

『確かに強いらしいが、残虐非道ってのは奴の事をいうってくらいの男なんだろ』
『何人も再起不能にしたって話さ、そんな奴が人と協力なんて出来る訳がない』

 まぁあれだ、強い、という噂はいいとしてもその強さを強調されるあまり『どう考えても他人と仕事など出来る訳がない乱暴者』と世間からはそういう評価をされているらしい。そのおかげで仕事をするにしてもセイネリアをパーティに組み込みたがる人間がいないのだ。しかも今までシェリザ卿の下でのみ働いていたから冒険者としての内部評価はないも同然で、評価ポイントだけで考えれば駆け出しの冒険者と大差ないというのもある。更に言えば単独で出来る仕事もあるにはあるが、なにせ他の仕事の積み重ねがないぶん信用ポイントのないセイネリアでは、その手の仕事をそう簡単に受けられないという状態だ。

 とはいえ、だから仕事のアテが全くない、という訳ではないのだ。

 シェリザ卿の元にいた時から、よく自分についてくれ、という貴族の誘いはたくさんあった。戦闘代理人として雇いたいという話なら今でもいくらでもあるし実際事務局でも薦められた。だがシェリザ卿が契約を解除する条件として、今後セイネリアは貴族の代理戦闘や力比べなどの仕事は受けない事を約束させられていたのである。
 代理戦闘で戦う事に既に意味を見いだせないセイネリアとしてはのんだところで全く問題のない条件ではあったが、まさかこういう意味で困るとは思わなかったというのは自分でも呆れるところだ。とはいえもしその条件がなかったとしても、余程金や衣食住に困りでもしなければもう代理戦闘など請け負う気などなかったが。

――まぁ、純粋に戦力が足りない、という仕事の要員に空きが出るのでも待つさ。

 戦闘能力が高くて信用ポイントが低い、とその手の冒険者の場合、とりあえず危険な仕事を狙うというのが定番だ。報酬やポイントにつられて申し込んだ冒険者達が詳細を聞いて降りるというのがよくある為、『危険』と注意書きのある仕事、特に人数が必要な仕事の場合、直前の辞退者が出てぎりぎりで枠が空くというのはよくある事だった。そういう事情だと雇い主も数を合わせる事に必死になって、致命的な問題でなければ少々難あり冒険者でも雇ってくれる。

 そう考えながら事務局内をうろついていたセイネリアだったが、幸い今回はそこまで待たなくてもよい事になりそうだった。

「あんた、あのバカ強いって有名なセイネリアだろ?」

 声を掛けてきた男を睨み付けないように注意しながらセイネリアは振り返る。相手は20代中ごろのまだ若い(といっても自分より上だが)冒険者の男で、その後ろには仲間らしき似たような年代の人間を3人ほど連れていた。

「あぁ、そうだが」
「空いてるなら俺たちと仕事しないか? ちょっと遠出をするんだが戦力が足りなくてね、強いって噂のあんたの力をぜひ貸してもらいたいんだ」

 少し、持ち上げが過ぎるな――それに胡散臭いモノは感じたものの、セイネリアは特に表情には出さずにあっさりと了承を返した。

「あぁ、こちらも仕事を探していたから丁度いい、よろしく頼む」

 相手の男はそこでにかりと笑ってみせて、セイネリアの肩をたたいてくる。

「こっちこそよろしく。俺はリヴド、首都に出てきて5年になる。……いやぁ、あのセイネリアが仲間なんて心強いぜ。これで無事人数もそろって出発できるってもんだ」

 それに追従して彼の仲間たちも声をあげて口々にセイネリアに声を掛けてくる。主に自己紹介や、よろしく、といった当たり前の言葉ばかりだが――そのやけにすんなりと友好的な態度を取る彼らにはやはりどこか違和感を感じるのは確かだった。セイネリアも表面上は彼らに合わせて返事を返したが、妙になれなれしい男と必要以上の話をする気もなかったから言い方はぶっきらぼうに、あまり会話はしたくなさそうなのを態度に出しておいた。

――まぁ、怪しいなら逆にそのほうが楽しめるか。

 この街ではそれなりに有名人だとして、冒険者としての実績がないセイネリアを快く思っていない、あるいは仕事で実績を積む前に潰してしまおうと思う者はいてもおかしくはない。もしくはシェリザ卿――あの男にしては手回しが早いが、冒険者を雇って仕事中の喧嘩や事故を装って殺そうとしてくるのはあり得る話だ。
 ただどちらにしろ、だからといって彼らからの仕事を断るという選択肢はセイネリアにはなかった。折角何か仕事にありつけたというのもあるし、逆にその状況を利用して面白い事態に出来るかもしれないというのもある。あとは単純に――それでもし死ぬような事があれば自分はそれまでなのだと、それは変わらないセイネリアの根本にある覚悟だった。



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