黒 の 主 〜冒険者の章〜 【12】 どうしてこうなったのだ――シェリザ卿は、目の前で倒れる自分が雇った代理人の男が倒れる姿を見ながら思った。 グローディ卿からの勝負は受けざるを得なかった、そこは仕方ない。それに負けてあの屋敷を手放したのは運が悪かったのだろうとそこまではそう思った。 だが、かつてセイネリアを使って勝った貴族達から、グローディ卿を通して勝負を申し込まれ続けて……それを断れず勝負をした結果が全部負けるというのは流石に運が悪いだけでは済まないと彼は思った。 この手の代理戦闘で使う人間については暗黙の了解というのがある。それは地位や名声のあるものを使ってはいけないという事で、これはかつて代理戦闘をする人間は主に奴隷だったという過去からその仕事を下賤なものとして見る風潮があるからであった。ただ地位や名声といっても貴族でもない平民ならその線引きはあやふやで、だから基準としては冒険者としての地位、つまり上級冒険者であるとか、騎士などその実力を証明する称号を持っているかどうかで判断する事になっていた。セイネリアはシェリザ卿の元で名を馳せたが冒険者としては実績も評価もなく、当然ながら上級冒険者ではないから代理戦闘を続けていられた、という訳である。 あとは大きな理由として、そもそも同じ者を使い続ければその人物の戦い方を見られる訳で、相手はそれに勝てるような人間を探せばいいという話になるというのがある。地位も名声もない一介の冒険者風情で手の内を明かしていて尚勝ち続けられる者なんて稀すぎた。 だから専任契約をすることなどまずなく、勝負毎にそれぞれの貴族達はその時自分が見つけてきた『有名ではないが実力がありそうな者』をぶつけあうのが普通だった。当然ながら毎回使う人間は違って、勝負はその時の自分の目利きと運による。だから一方的に勝ち続けることもなければ一方的に負け続ける事もない……その筈だった。 シェリザ卿が勝ち続けていたのも異常ではあるが、セイネリアというイレギュラーな存在がいてこその結果である。だがこうして負け続けるのは……シェリザ卿も相手も、通常のやり方通り毎回代理戦闘に立てる人間が違うのにあり得ない、と言っていい筈だった。 「何故だ、何故勝てない。今回こそは負ける筈がなかった」 今回彼が使った男は冒険者としては無名で、だが変わった戦い方の為初見の者はまず勝てない……そう確信して連れて来た者だった。 見物人達が歓声を上げ、それに応える勝利者である冒険者とそれを雇った貴族の姿をぼんやり眺め、シェリザ卿はその場にへたり込む。これで勝ち続けて手に入れた物の殆どを彼は失った。ボーセリング卿に頼った頃から既に一部の貴族達は離れていったが、それでもまだ財産がある分それなりの扱いは受けられていた。けれどこうして負け続け、失うばかりになった今、負けた彼に慰めの言葉一つ掛けてくる者さえいなくなった。今ではシェリザ卿の勝負を見に来る者達は皆、シェリザ卿が負けるのを楽しみにして来ている気さえする。誰も彼も自分を嘲笑う、何故こうなった、とシェリザ卿は思った。 「シェリザ卿」 そこで掛けられた声に、彼はびくりと肩を震わせて顔を上げた。 「ボ、ボーセリング、卿……」 外見だけなら柔和な顔をした暗殺者の元締めでもある男は、やはり柔和な笑みのまま彼の前に立っていた。 「こんな負け続ける勝負、何故私に黙って受けたのでしょう?」 「そ、それは、その、貴族付き合いとして、多少は、仕方、なく……」 本当の事などいえる訳がない。なにせ自分がセイネリアを殺そうとしたと分かれば、彼のメンツを潰したとしてボーセリング卿からも見放される可能性が高い。誰も味方のいない状態、それでもどうにか堂々と宮廷に出入りが出来ていたのはボーセリング卿という後ろ盾があったからに他ならない。シェリザ卿は狼狽えながらもどうにか愛想笑いを返して立ち上がろうとした……のだが。 「いいえ違うでしょう、知っていますよ、貴方はセイネリアを殺そうとしたそうですね。大方それを私に知られたくなくて私に黙って勝負を受けていた、というところではないのですか?」 「あ? え? ……いや、それ、はっ」 「協力者に隠し事はよくありませんね。勿論、私の目の前で誓って頂いた約束を破る事などあってはなりません。さすがにこれでは私も貴方とは距離を置くしかありません。本当に残念です、えぇ本当に」 柔和な笑みを浮かべたまま、見た目なら紳士然とした男はシェリザ卿に会釈程度に頭を下げるとくるりと彼に背中を向けた。立ちあがりかけていたシェリザ卿は、がくんと足の力を失ったようにその場に尻もちをついた後、ボーセリング卿に手を伸ばした。 「いやっ、ボーセリング、卿、ま、て、待ってくれっ」 --------------------------------------------- |