黒 の 主 〜冒険者の章〜 【11】 「それで、そこからどうして私の屋敷に結びつくんだ?」 こちらの事情になど感心がなく、とにかく自分の屋敷を取り戻す事しか考えていない男の苛立ちぶりに内心呆れながらも、セイネリアは殊更落ち着いた声で彼に言ってやる。 「奴等が俺を見捨てたのはシェリザ卿の依頼で殺そうとしていた所為、だとしたら?」 そこで僅かに感嘆の息を漏らして表情に喜色を浮かべたグローディ卿は、乗り出していた身を引いて椅子の背もたれに背を付けた。 「あんたは俺が置き去りにされた、という証人になって貰いたい。あぁだが多分、本当に証人として証言する必要はない、捕まえてきたあの連中に対しての脅しに使うだけだ。そしてあいつらには、その事を事務局に訴えて欲しくないならシェリザ卿の依頼だったという証人になれ、と言う訳だ」 「それで? ……あぁそうか、今度はそれをネタにシェリザ卿を脅すのか?」 「そういう事だ。俺はちゃんと事務局にシェリザ卿の署名入りで『契約終了』の書類を出しているんだ、それでこちらを殺そうとした、というのが明るみに出れば今のシェリザ卿ならますます立場が悪くなる」 グローディ卿の顔には笑みが湧く。だがすぐに彼は何かに思い至ったのか眉を寄せて考え込んだ。 「だが脅しても、今の奴のバックにはボーセリングがいる。その程度の脅しに乗るか? それにそもそも、その程度の脅しに屈して屋敷を返すとは思わんが」 「『契約終了』の見届け人の欄にはボーセリング卿の署名があるんだ」 そこまで言えば、さすがにこの察しの悪い男もこちらの意図が分かって顔に満足げな笑みを浮かべた。 「……成程、ならそれを破ればボーセリング卿の顔に泥を塗る事になる訳だな。それは何があってもバレる訳にはいかないな」 「そういう事だ、それにその程度の脅しでイキナリ屋敷を返せとは言わない、あんたはそれを黙る代わりに屋敷を賭けた勝負をしろと言えばいい。しぶしぶシェリザ卿は了解するだろうさ」 流石にセイネリアがボーセリング卿と手を結んでいる件までは言わないが、この男の関心はそこではないからあまり気にしはしないだろう。ともかく、ボーセリング卿のもとでセイネリアとの契約破棄を約束させられたのだ、なのに勝手にセイネリアを殺そうとしたなんて事、シェリザ卿としてはボーセリング卿の耳に入れられる訳がない、というのは変わらない。 「ふむ……ボーセリングに頼れないなら勝負を断れないという訳か。あとはお前がその勝負に私の代理人として出て勝つ、という訳だな」 まぁそうできたらもっと話が早かったが……と苦笑しつつ、セイネリアはできるだけ残念そうに聞こえるように言ってやる。 「いや、悪いがあんたの代理人にはなれない」 「なんだと? 最初からそういうつもりの話ではないのか?」 「シェリザ卿と縁を切るための条件として、その手の代理戦闘の仕事はもう引き受けないと約束したんだ。だが向うも今回は俺以外を使うしかないし、あんたを勝たせる為の策もある」 グローディ卿はそこで顔を顰め、腕を組んで考えだす。 「ふむ……だがそれでもし、お前の言う事が全部上手くいくとしてだ、お前は何のメリットがある?」 それには少しだけセイネリアは驚いた。思ったよりこの男は馬鹿じゃなかったらしい、と笑ってしまいそうになる。多少は使えるだけの頭があるならこの先も繋がりを作っておいて損はないかもしれない。 「あぁそれは単純だ、この先もシェリザ卿に狙われる事があればうっとおしいからな、奴を二度とそういうマネが出来ないようにしておきたい」 それにはさすがに田舎貴族の男の顔色も変わる。なにせ、ただの平民冒険者が宮廷貴族を失脚させると言っているのだ。鼻白らむグローディ卿に、セイネリアはその琥珀の瞳を僅かに細めて口元にゆったりとした笑みを作ってみせた。 「まぁ俺を信用して言う通りにするかどうかは、俺の言った通りに脅してシェリザ卿が勝負を受けるかどうか確認してからでいいさ。どちらにしろあんたに損はない話だ、違うか?」 そうして――実際、セイネリアの思惑通り、グローディ卿の申し出に対してシェリザ卿は勝負を受けた。そして勿論、グローディ卿はその勝負に勝利を収めて屋敷を取り戻すことになる。そうなればかつてシェリザ卿に負けた他の貴族達も黙っている筈がなく、次々とグローディ卿を通してシェリザ卿は勝負を受けるはめに陥った。 --------------------------------------------- |