黒 の 主 〜首都と出会いの章〜





  【22】



 剣を振る。
 金属が空気を裂く音を聞いて自分の剣のスピードを確認する。その音が濁れば剣がぶれたというのが分る、振って、振って、腕に疲れが出てくると音に雑音が混じる事が多くなる。
 完全に夜の帳が下りた暗闇の中、それでもセイネリアが一心不乱に剣を振っていればそこに近づいてくる気配があった。気配は近くまで来て足を止め、セイネリアをじっと見つめている。それが誰かセイネリアに分からない筈はない。だが声を掛けてこないなら話しかける必要もないだろうと、セイネリアはそのまま剣を振っていた。

「熱心だな」

 ナスロウ卿が言ってくれば、セイネリアはその動きを止める事なく声だけを返した。

「あんたが言ったんだろ、習うのが遅れた分はこれからどれだけ俺が本気で鍛錬を重ねるかに掛かってると」

 言いながらも剣を振る。とはいえ、やはり会話しながらだと集中が崩れるのは仕方ない。空気が裂かれる音に雑音が混じって、動きに乱れが出ているのを自覚する。

「だから本気でやっている訳か、成程感心だな」
「出来るだけ早く強くなりたいからなっ」

 ぶんっと今度は力任せに大振りしてから、セイネリアはどうにも集中が返ってこない事を自覚して剣を下した。その原因の師である男をみれば、彼はにやりと笑みを浮かべてセイネリアに向けて親指で屋敷を示した。

「一人で飲むのもつまらなくてな、少し、つきあえ」

 それならいつもはあの女を呼んでいたじゃないか、という言葉は飲み込んで、セイネリアは剣を腰の鞘に納めた。わざわざ自分を呼びに来たならこちらに話があるのだろう。だから大人しく老騎士についてはいくが、セイネリアにはある種の予感があった。わざわざ酒を飲みながら話したいのだとなれば、それはきっと――。

「お前、俺の養子にならんか」

 ナスロウ卿の部屋の中、暖炉にくべられた薪が爆ぜる音を聞きながら、セイネリアはその彼の言葉を聞いて、やはりな、と思った。
 ナスロウ卿はこの歳で独身、子供がいない。そんな彼が従者を探してる、それは彼に認められるだけの腕がなくてはならない――などと聞けば、彼が後継者を探していると考えるのは当然だろう。ボーセリング卿もそれを分っていて自分に依頼した筈だ。
 ただ、それならそれで腑に落ちないものも多少はある。

「養子なら旧貴族のどこかから取ったほうがいいだろ」

 ナスロウ家はかつて旧貴族と呼ばれる、クリュースの貴族の中でも別格に位置される家の一つだった。旧貴族は血筋が途切れれば旧貴族の称号を失う……だが、その地位を取り戻す事も出来る、どこかの旧貴族から養子をとればいいのだ。旧貴族の血でさえあれば旧貴族の家として認められる、それは法律で決まっていた。

「……旧貴族、か。あの方が失ってもいいといったものを取り戻す気にもなれなくてな」

 話の流れ的に『あの方』とは、ナスロウ卿の義理の父親、つまり前ナスロウ卿の事であろうとセイネリアは思った。

「『旧貴族の称号などいらん、それよりも正しく騎士と呼べる者にこそこのナスロウの当主を名乗って欲しい』――あの方がそう言ったから、俺はこうしてここにいる。何人もの養子の申し入れがあった中で、それを全部断ってあの方は俺に養子になれと言ってくれたんだ」

 手にもったグラスの中で、揺れる琥珀の液体を眺めて老騎士は呟く。その目はどこか焦点があっていなくて――だがそれが酔いのせいでない事くらいは彼の口調で分かった。

「俺はもともと貴族などではなかった。北の少数民族、エンシャルの出身でナク・クロッセスが元の名前だ。ナクは1番目、クロッセスは黒に属する、あるいは黒い者という意味があった。自分が住んでいた場所は黒の谷という場所で、エンシャル民の中でも黒の部族と呼ばれていた。そこで一番になれといって父親がつけたそうだ。
 父親の願う通りそこで一番の戦士になった俺は、だがそれだけで満足できなかった。谷だけで強いともてはやされてもなんて小さいものだとな、それでセニエティに来て冒険者になる事にした。そうしてそこでそれなりの評価はもらえる身分にまではなれたものの、俺はどうしても強くなった明示的な印が欲しくて騎士になろうと思ったんだ。それで聖夜祭の競技会でみて強いと思った当時のナスロウ卿に従者にしてくれって頼み込みに行ったのさ」
「それで、従者になったのか?」
「まさか、そんな簡単に行く訳がない。勿論、最初はただ無視された。だが、何度目かに、ならその実力を見てやるっていわれてそれで勝負して……勿論あっさり負けたが、あの方は俺を従者にしてくれた。
 ただまぁ、戦う事なら自信はあったが、教養の方はお前よりずっと酷くて本気でさっぱりだったからな、あの方が騎士試験の許可証を出してくれたのはそれから6年後だった」

 つまりナスロウ卿が今回従者を募集したのは、最初から自分が尊敬する養父と同じ事をしたかったのだろうとセイネリアは考える。養父がそうしたように、自分で実力を確かめて、コレと決めた人間を後継者として自ら育て上げたかった。まぁ別にその養父の場合は最初からこの男を養子にするつもりはなかったのだろうが、従者として6年も傍においておけば情も湧いたろうと想像出来る。



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