黒 の 主 〜首都と出会いの章〜 【21】 「いつか分かる、か。……あまり時間を掛けず分かるものならいいがな」 呟いて、思わず舌打ちする。今日も槍を試しに行って何の成果もなく諦めるしかなかったからにはそんな愚痴の一つも言いたくなる。とはいえ、何も変わったものがないのにいつも通りただ試しに行っただけだから、だめだろう、という事は最初から分ってはいたのであるが。 いつか分かる、と言ってももう少しヒントのようなものをくれればいいものを……とは思っても、ナスロウ卿の様子から多少はセイネリアも察している事はある。少なくとも力を示せ的な具体的に槍に向かって何かをしろというものではないのは確かで(そうだったらさすがにもう少しヒントをくれるだろう)、彼の表情からは自ら誇れるようなものではない事も確かだろう。となれば人を殺した数あたりか……殺した事がある程度ならセイネリアはとっくに条件をクリア出来ている筈であるから、数となれば戦場にでもいかないと難しいかとも思う。 ――いつか、というのなら不可能と思えるような条件ではなく、俺なら可能だとあのジジイが判断するくらいの条件の筈だが。 『いつか』は手に入るだろうと思われていても、はっきりしない分にはもやもやするしかない。こうして進展がないままただ試しに行くというのは自分らしくないが、まぁ今のところはここでの訓練の合間のアクセント程度の扱いだからいいかと思っているくらいだ。 だが、そうして武器庫からまた訓練に戻る為に中庭へ向かっていたセイネリアは、屋敷から外に出た時に中庭から厩舎へ向かうナスロウ卿の姿を見て足を止めた。最初は遠乗りでもいくのかと思ったが、彼が笑って話しているのと、その相手の人物が見えた事で口元を皮肉げに歪める。 「まったく、どちらもどこまで本気なのか」 笑うナスロウ卿とアカネ。ターゲットと暗殺者の恋なんて、どこぞのロマンチストを自称する詩人の詩のようだとセイネリアは思う。 あのナスロウ卿がアカネの正体に気付いていないとは思えない。アカネは当然自分の立場を分っている。分っていて二人がどこまで本気で、どこまで行動を起こすのか、それは見ものだと思うものの別にセイネリアにとっては楽しい事でもない。どうせ結果は悲劇に決まっている、二人には何の救いもない。 「まぁ、あのタヌキジジイも分かっていて放っているようだしな」 二人が過ぎた後の傍の植木が不自然に揺れたのを見てとって、セイネリアはそのまま中庭へと向かう為に立ち去った。 月明りしかない部屋は薄暗く、見える相手の姿は輪郭と肌の一部程度だ。暗く狭い部屋の中、自分を殺そうとした暗殺者と寝るのだから自分も大概おかしいとセイネリアは思う。それからごろりとベッドに背を預けると、闇にうっすらを浮かび上がる女の白い背を見ながら聞いてみた。 「あのジジイとは寝たのか?」 「ジジイ? ……ナスロウ卿の事でしょうか?」 振り向いた女の顔に表情はない、黒い瞳は闇に溶け込んで、目の白い部分と月明かりを映す光だけがよく見える。 「そうだ、貴族が使用人の女に手を出すなどよくある話だろ、こんなジジババばかりの屋敷で若い女がいれば、お前のようなのはそういうつもりで置いていると言われた方が自然なくらいだ」 女の空虚を映していた瞳に、そこで僅かに怒りが浮かぶ。 「あの方はそういう人間ではありません」 「なくてもお前が誘ってみれば、案外簡単に落ちてくれるんじゃないか?」 女の瞳にあった怒りの色が濃くなる。それを見てセイネリアは喉を震わせて笑ってみた。 「お前が色仕掛けであのじいさんを落すという案はなかったのか? あの男がお前のいいなりになるなら、殺さないほうが利用価値があると判断されるかもしれないぞ」 そう言ってみれば女は大きく目を開いて、それから苦し気に目を細め、やがて瞳を閉じる。 「いいなりになど……それこそありえない」 「そうでもない、よく恋は盲目というだろう? 元がお堅い連中の方が、色ボケした時の狂い方は酷いものだ」 「あの方に色ボケなど……しかも私になど……ある訳がない」 悲しげに呟いた女の声を聞きながら、セイネリアはもう声を掛ける意味もないかと目を閉じた。だから代わりに心の中で言ってやる――だがそれくらいしかお前とじいさんがそのまま笑い合う方法はないだろうに、と。 --------------------------------------------- |