黒 の 主 〜首都と出会いの章〜 【19】 それはつまり、魔法武器に一度は認められたが途中から拒絶されたという事か――そうセイネリアは考えた。 「ジジィになったら力不足と判断されたか?」 揶揄して言ってみれば、老騎士は口元を歪ませて忌々しげな笑みを作る。 「体よりは精神的な部分でな、今は使えん、こいつとの契約は切れた」 「契約か」 「そうだ、持った時に奴から呼びかけてくれば契約が成立する」 ナスロウ卿は立てかけてあったその槍を持って手前に倒すと、斧刃部分に巻いていた布を剥いでいく。やがて現れた刃の姿を見て、だがセイネリアは何故か微妙に落胆を覚えた。 「本当にそれに魔法が篭っているのか?」 確かにシルエット通り、現れた斧刃は大きく、鋭く、脅しとしては十分な迫力はあった。ただ何故かセイネリアが思っていたよりその印象は『普通』で、心に響くような凄さのようなものは感じられなかった。それをこちらの表情から察したのか、ナスロウ卿は楽しそうに喉を鳴らした。 「がっかりした、という顔だな。それは仕方ない、中身が眠っているからな」 「中身が眠っている?」 「そうだ、もう主ではない俺が持ってもこれは魔槍として使えない。今のこいつは誰とも契約していないから、中身は眠っていて魔力も感じられない」 言いながら立ててある槍を手で支えている状態のまま、老騎士はセイネリアに聞いてくる。 「持ってみるか?」 「勿論」 こちらにくるように促されて、セイネリアはその槍の柄を掴む。だが、そうしてナスロウ卿の手を離れた槍を受け取り持ち上げようとしたセイネリアは、そこでやっとその槍が使おうとしても使えない物である理由を理解した。 「持ち上がらんか?」 やはりな、というニュアンスを込めて言われた言葉に、セイネリアは舌打ちする。 「なんだこの重さは」 「はは、お前でさえ重いと言うなら相当だな」 そういえばナスロウ卿はこの槍を一度も持ち上げてはいない。柄をずっと床についたままだったのは重くて持ちあがらなかった所為かと思う。 それでも意地になって持ち上げようとすれば、辛うじて僅かに持ちあがりはする、が、これを振り回して戦えと言うのは流石のセイネリアでも無理だと判断するしかなかった。 「ほう、それでも持ち上げるか、たいしたものだな」 「持ち上げた、だけだ……振り回せるものじゃない」 情けなくもただ持ち上げただけでぶるぶると震える腕、悲鳴を上げる背筋。まるで初めてアガネルの前であの大斧を持ち上げた時のような感覚だが、あの時と今では状況が違う。あの時の自分は非力すぎたから持ち上げられないのは当たり前で、持ち上げられるだけの筋力をつければ良いだけだと言えた。だが現状の自分でここまでの重さを感じるのなら、それは武器として使いものにならない重さだといっていい筈だ。 「いいことを教えてやろう、それは誰が持っても今お前が感じるくらいの重さを感じるようになっている」 「つまり……実際の重さではなく、魔法による重さ、なのか」 「そういうことだ。剣なら抜けない、という代わりにそいつの場合は重く感じるという訳なんだろうな」 「早い話が、俺はこの槍に選ばれなかったということだな」 「そういう事になるな、頭の中に呼びかけてくる声は聞こえないだろう?」 「あぁ、聞こえない」 それでセイネリアは忌々しげに舌打ちをしてから、槍を元の位置に置いて立てかけた。 「まぁ、今使えなくても、槍が認めれば使えるようになるかもしれん。俺も最初に触った時から認められるまでかなりかかった。お前もどうしても使いたいならたまに試しにくるといい」 正直なところ、使えない事がやはり悔しかったというのもあって、その言葉にセイネリアはにやりと笑う。 「あぁ、そういうことならいつか必ず認めさせてやるさ」 ――だからそうしてナスロウ卿に言われた通り、セイネリアはその日以降、時間を見つけては魔槍を持てるか試す為に武器庫に通うようになった。 --------------------------------------------- |