黒 の 主 〜首都と出会いの章〜





  【18】



「ほら、一応これも持って行け、お前には少し軽いと思うがな」

 渡された剣を抜いて、セイネリアは軽く振ってみる。

「確かに軽いな」
「今、知り合いの鍛冶屋にお前の剣を頼んである、暫くはそれで我慢をしろ」

 剣を壊す度に連れてこられる武器庫の中にあるものなどもう把握しきっている。それでも一応見渡して見て、やはりこれよりマシなものは見当たらないかとセイネリアは大人しくその剣を鞘に戻して手に持った。
 ただ、ここへくるとどうしても目が向いてしまうものがある。
 武器庫の奥に立てかけてある、やたらと大きくて目立つシルエットの派手な槍。せめて布に包まれているその大きな斧刃をちゃんと見てみたいものだと思っても、未だにナスロウ卿はそれを許可してくれなかった。

「そんなにアレが気になるのか」

 それでも今日は彼の方から聞いてくるだけ、少しいつもとは違う。

「あぁ、ああいうハッタリが利きそうなのはいいなと言っていたじゃないか」
「ハッタリだけじゃなく、ちゃんと使えるなら実用性も相当に高い。なにせあれならお前の馬鹿力でも壊れないだろうしな」
「それは益々いいな、使えるならくれてやると言っていた筈だが、試してみてはだめなのか?」

 ハルバードと呼ばれる槍の一種だというそれはまだ一度も手にとらせてもらった事はないが、別のもっと地味な形のハルバードはセイネリアも使ってみた事がある。なかなかクセのある武器だが、元々が重い大斧を長く使っていたセイネリアとしては手ごたえはかなり良く、貰えるのならあの派手な武器が欲しいとここへ来るたびに思っていた。

「試すか……そうだな、試してもいいがアレを使うにはただ武器としてのアレを振り回せればいいという訳じゃないぞ」
「どういう意味だ?」

 武器は武器以外の何物でもない。ただそこでセイネリアは、あれが武器の形をした魔法道具である可能性を考えた。極少ない例だが、魔法使いが杖の代わりに武器や楽器を使う事がある、というのを聞いた事がある。ただその場合なら見た目は派手だが刃があっても武器としてはほぼ役に立たないなまくらというのが普通で、ナスロウ卿の話からは微妙にズレる事になる。
 ……実際は、その考えは半分あっていて、半分間違っていたのだが。

「あれは魔槍だ」

 言われてセイネリアは、それに思い至らなかった自分に思わず顔を顰めた。

「魔力が篭った魔法の槍だ、剣でないのは珍しいが……その能力も魔力武器としては少し珍しい」
「というか、魔法武器がそもそもとんでもなく珍しいだろ」
「まぁ、そうだな」

 セイネリアがアレを魔法武器だと思い至らなかったのも実は仕方ないといえば仕方ない事ではある。一般冒険者にとって魔法武器というのは噂話の中の物でしかなく、本物など見た事がないというのが常識だからだ。なにせ実在していると言われてはいるもののその存在については勿論、それを持っているという者の名や、具体的な話は一切聞いた事がない。
 魔法が普通に日常にあるクリュースにおいて武具に魔法をかけるというのは珍しくなく、ある程度稼いだ冒険者なら鎧にはまず大抵魔法護符が張り付けてあるものだ。だが魔法を武器にかける事は難しいらしく、前に聞いた話では刃についた血や武器に篭められた使用者の念が武器内の魔法を変化させ、安定して目的の術を発動させる事が出来ないらしい。

「成程つまり……アレが使えるという事は、アレに選ばれなくてはならない、という事か」

 だが見た事はなくとも……誰も触った事などなくても、噂でそれだけは皆知っている。魔剣は剣自身が選んだ主しか使えない、選ばれないと鞘から抜く事も出来ないと。あれの場合は槍であるから鞘から抜く必要はないだろうが、どちらにしろ噂通りなら使うには武器自身に選ばれる必要があるのだろう。

「そういう事だ」

 ならここにアレがある段階で、当然湧く疑問がある。

「あんたはアレを使えるのか?」

 聞けば老騎士はまるで遠い過去を見るように目を細め、口元に苦笑をうかべて呟いた。

「使えた時もあった……だが今は使えん」



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