黒 の 主 〜首都と出会いの章〜





  【12】



「……いや、それでもまだ、いくつかは王国の騎士として続いてる家はある。そういう家の者が入ってきて上に上がれば改善される事もあるんだ。例えば、シルバスピナ卿が騎士団にいた頃なら、少なくともここまで堂々と怠ける者がいる事は考えられなかった。次代シルバスピナが若くして亡くなったのが本当に悔やまれる……」

 それでも、結局はこの国の貴族達など腐りきって、やがて消えるのが運命だろうとセイネリアは思っている。平和ぼけした貴族達は無能過ぎて、冒険者をはじめとした平民出の者達が力をつけすぎてきている。一部の権力者と従順な民という図は、民側にヘタに知識や力をつけさせては維持出来なくなるものだ。
 とはいえ、それをわざわざ相手に言う気もない。
 独り言に近いナスロウ卿の言葉を聞きながら黙っていれば、彼も暫くは考え込んでいたものの、頭を軽く振って思考を切り替える事にしたようだった。

「さぁ、雑談は終わりだ。まずは剣を振れ、理屈よりも感覚でその剣の重量をコントロールする方法を身につけろ」

 強くなる為の訓練であるなら、セイネリアは文句をいう気もサボる気もない。
 渡された長剣を抜いて、言われた通りに構える。

「どうだ、やはり軽いか?」
「あぁ、軽いな」

 答えれば、ナスロウ卿は白い口髭を曲げて苦笑する。
 ここへきてからずっと、セイネリアは斧以外の武器を使う訓練をしていた。特に剣は、携帯性の高さで普段持ち歩くものだからというナスロウ卿の勧めと、セイネリア自身の希望で集中的に訓練をすることになっていた。
 あの大斧は持ち歩くには目立ち過ぎて、使い勝手は確かによいとは言えなかった。それに斧の間合いの短さは致命的で、マトモな騎士相手だと厳しいという事もよく分かったというのもある。
 そしてセイネリアの希望としては、ナスロウ卿に剣で負けたというのもあるので、出来れば同じ剣で勝ちたいというのがあった。

「ここにある剣ではそれが一番重いのだがな。それを片手でも振り回した時にはトンだ化け物だと思ったものだが、あの斧を持ってみれば納得はするな」

 ナスロウ卿が見ている前で、ただセイネリアは剣を振る。初日に教えられた型から型へ切り替えながら、ただ体にその動きを刻むために振り続ける。

「それでも、正直、剣はあまり好きじゃないな」
「軽いからか?」
「それもある、後はこれだとあまり脅しが利かない」

 ナスロウ卿はそこでまた吹きだして笑った。

「成程、脅しか。お前があの大斧を持っていたのは、脅しの意味もあるのか」
「あぁそうだ。相手を脅せればそれだけで勝負は半分つく」
「確かに、それは間違っていないが……そうか、それで武器庫でアレを欲しがったのか」

 くっくと、喉を震わせてナスロウ卿は笑う。
 実は、この屋敷の武器庫に連れていかれて使う剣を選んでいた時、セイネリアはそこで気に入った武器が他にあったのだ。

「あぁそうだ、あれはかなりハッタリが利きそうでいい」

 武器庫の隅に立てかけられた、みただけでごつい斧がついた槍――いわゆるハルバードという武器の一種らしいが、そのいかにも相手を威圧する大きさと派手さが、セイネリアの目に止まった。

「確かにあれはお前みたいな奴には合った武器かもしれんが、アレを使えるかどうかはまた別の話でな……まぁいい、使えるようになるならくれてやるから、今は一通りの基礎を身に付けるのが先だ」

 だから、今はただ剣を振れ、と言われて、セイネリアはその通りに剣を振った。
 剣を習うと決めたのは自分であるし、手を抜くつもりは最初から微塵もない。だが、斧とは全く違うその感覚には、どうにもやり難さというのを感じてしまうのも仕方がなかった。
 まず慣れるのは、剣自体の重量バランスのコントロール。斧よりも重心が手元に寄る剣は、そのせいか持った時の感覚が軽すぎた。しかもその重心を意識して、てこの原理で長い刀身を振り回すのだから、ほんの少しの腕の動きで剣先の軌道が驚くほど変る。軽い上に微妙な力加減の調整を常にしなくてはならないから、腕力と武器の重さで振り回していたセイネリアには感覚が掴み難いのは仕方ない。
 更にいえば、振りぬいて斬るよりも基本的に狙うのは突く事な為、その使い方の感覚が全く違うというのも慣れなかった。気分的にはこれだけの長さの刃物なら斧のように振り切りたくなるものだ。なのに振るにしても大振りに振り切る事はあまりなく、振った後にすぐ切り返せるようにコンパクトに、剣の重量移動で剣先を移動させるなどという割合細かい使い方になる。

「まぁだがお前の場合、その馬鹿力があれば多少は無理な体勢でも強引に持っていけるからな。小手先の小技や効率を気にしすぎる必要もあまりないだろう。とにかく基礎の型だけを体に覚えこませたら、後は実戦だ」
「それはありがたいな、向かう相手がいた方がやりやすい」
「だろうな」

 ナスロウ卿は笑って、彼もまたセイネリアの横で剣を振り始める。
 セイネリアはそれを見て、彼の動作を出来るだけ正確に、そのままマネをして剣を振る。

「お前、目もいいだろ」

 声を掛けてくるナスロウ卿は、こちらの顔をわざわざ見る事はない。

「あぁ、ずっと森で生活をしていたからな」
「成る程、狩人だったのか?」
「ただの森の番人の弟子だ。狩人に似た事もしていたが、樵(きこり)でもあったな」
「それはまた、いい師だったようだな」
「そうだな、強い男だったよ」

 ふっと笑う気配がして、老騎士はそれ以上何も言わなくなった。
 セイネリアも別にそれ以上話すこともなかった為、その後に自分から何かを言う事もなかった。



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