黒 の 主 〜始まりの街と森の章〜





  【25】



 アガネルが連れてこられたのは、古く、廃墟のような部屋だった。
 近くにあったテーブル上のランプにローレスティカが明かりをつければ、周囲だけがどうにか照らされる。見える範囲だけでは壁が見えない部屋はそれなりに広そうだった。床にはあちこちにテーブルや椅子が散乱しているところから、かつてここは酒場か何かだったのかもしれないとアガネルは思う。
 ランプが置かれているテーブルだけが今でも使われているらしく、椅子が周囲にちゃんと並べられていた。

 個人の転送術はあまり遠くへ移動する事は出来ない。だからここへくる前に一回、中間で一度別のところに出てからもう一度術で飛んでいる。それが街の中だった事からすれば、ここも街の中のどこかの建物の中なのだろう。

「クーア神官が仲間たぁ、ずいぶん今は景気良さそうじゃねぇか、ローよ」

 嫌味でそういえば、言われたローレスティカではなくクーア神官の男の方がぼそりと呟いた。

「別に俺はこいつの仲間などではない」

 不機嫌なその声に、急いでローレスティカは男を宥めるようにつけたした。

「この人はな、今回の仕事を依頼してきた旦那が助っ人としてつけて下さったんだよ。なぁアガネル、ちぃっとアレな手を使っちまった事は謝る、だがなぁ悪い話じゃないんだ、まぁそこに座ってさ、まずは話を聞いてくれ」

 それには鼻で笑ってやって、アガネルはかつての仲間の顔を睨んだ。

「リレッタは無事なんだな」
「あぁ無事だ、捕まえてる連中には絶対手を出さないようにいってある」

 そこまで聞いて、アガネルは相手に示された、ランプのあるテーブルに並べられた椅子の一つに腰を掛けた。テーブルを挟んで向かいにローレスティカは座り、クーア神官は座らずに少し離れた位置にたったままだった。
 ローレスティカは座ると、身を乗り出して話を始める。

「首都でな、シェリザ卿って貴族様がちぃっと力自慢の男を探してるんだ。でな、俺としちゃぁお前以上の力ある奴ぁ見たことないってんで推薦しに来た訳さ」

 アガネルはローレスティカの顔を見る。頭の良い男ではないが、嘘をつく男でもない。だからかつてアガネルは、あまり好きではないこの男とそれでも仕事で組んでいられたのだ。

「で、その貴族様は力自慢を集めてどうする気なんだ?」

 嘘はついていないが、内容を聞かないと判断は出来ない。アガネルが聞けば、ローレスティカは顔ににんまりと、いかにも小者くさい笑みを浮かべた。

「あぁ、別にそれでヤバイ事をさせようってんじゃないんだ。しかも探してるのは一人、とにかく誰にも負けない力持ちだ」
「何だそれは」

 アガネルが即聞き返せば、ローレスティカは少し声のトーンを落として、後ろにいるクーア神官の顔をちらと確認してから話す。

「まぁ、貴族同士のちょっとしたもめ事の解決にな、双方で代表を出して力比べで決着を付けるって話になったらしい」

 なるほど、とそこでやっとアガネルは仕事を理解する。

「それで俺にいけと?」
「そう、相手の男はもう分かってる。あんたなら絶対勝てる相手だ。勝てばかなりの報酬がもらえる、負けても殺されたりはしねぇ……ま、報酬は貰えねぇだろうがな。な、俺を助けると思って受けるって言ってくれよ」

 ローレスティカは身を乗りだし、必死の形相でテーブルに頭をつけてまでアガネルに頼み込む。その様子からは、もしアガネルを連れてこれなかった場合、彼に何らかの問題が起こる事が予想できた。
 だが、昔の仲間を見下ろすアガネルの瞳は険しい。

「……何故こんな手を使った?」

 ちゃんと筋道をたて普通に依頼として来てくれたのなら、どうしても受けられないという程の話ではなかった。嫌いな男であっても事情によっては十分聞いてやる事も可能だった話だ。
 アガネルの言葉をうけて、ローレスティカは顔を上げる。

「だってあんたは俺の話はそうそう聞いちゃくれねぇだろ? ここを離れたくないって何度も言ってたじゃねぇか」

 確かにアガネルはローレスティカが仕事の復帰を頼む手紙をよこしてもまったく気にも止めなかったし、ここを離れる気がないと言って別れた覚えはある。だがそれでもこんな手段に出れば、こちらの反感を買って余計に話をまともに聞いて貰えないとは思わなかったのだろうか。

「それでも、お前がちゃんと誠意を見せて頼みだと言えばまだ話は……」

 かつての仲間として、困っている、助けてほしいとちゃんと頼んでくれていればとアガネルは思う。
 けれど、そんな哀れむような顔をするアガネルに、ローレスティカは叫んだ。

「急いでたんだよっ、そんな悠長にやってる暇なんかなかった。なぁアガネルお願いだ、俺はどうしても旦那のとこに絶対勝てる奴を連れていかなきゃならないんだ」

 ローレスティカは再びテーブルに突っ伏す。
 彼はどうしてもアガネルを連れていかなくてはならないらしい。リレッタを連れていったのは、アガネルに話を聞いて貰う為というより、アガネルに断らせない為だったのだろう。
 そこで、今まで話を聞いているだけだったクーア神官の男が声を出した。

「そいつは前にシェリザ卿に受けた仕事を失敗してな、今度失敗したら腹いせに殺されても仕方ない状況さ」

 軽く侮蔑の笑いまでを含むその言い方を聞けば、この神官は貴族から付けられたローレスティカの助っ人であると同時に、彼が逃げない為の見張り役でもあったのだろうとアガネルは理解する。

「ならなおさらだっ、何故……」

 だが、その話はそこで終わりとなる。
 天井の方から突然、どかどかと騒がしい足音のような音と悲鳴が聞こえ、アガネルは反射的に立ち上がった。

「何があった?」

 聞けば、クーア神官の男が天井をじっと見つめる。

「おい、ローレスティカ。お前の仲間、一人死んでるぞ。他は逃げ出したな。黒い髪の若いのがやったらしい……」




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