黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【21】



 首都からグローディ領に比べれば全然近いグローディからナスロウ間だが、普通に行くなら馬でも数日単位はかかる。だから今回転送で行く訳だが、魔法使いの転送を見せないよう、ついた場所はナスロウ領ザイネッグの町の外、林の中だった。

「じゃぁな、次は2日後の昼にここだからな」
「あぁ、頼む」

 それだけのやりとりで、ケサランはさっさと消えた。カリンだけでなく、ザラッツ達もいる状況では彼も余計な話はする気もないのだろう、とセイネリアは思う。
 そこからは徒歩で林の外に向かう。前が男二人、後ろが女二人で歩きだせば、すぐに後ろからは楽しそうな話し声が聞こえてきた。

「本当に、あなた方が来てからはあの人は明らかにほっとしていて……」

 基本はディエナがひたすら旦那の愚痴を言って、カリンは聞き役である。
 セイネリア達も勿論話しはしたが、用件がないとお互い自分から話す方ではないため、女達のように話が弾む事もない。ただ逆を言えば用件を出せば話は続く訳で、特に彼の部下となった者たちの話を振ればザラッツの口も開きやすくなる。彼らは皆、よくやっているようで、ザラッツはこちらに礼を挟みつつ彼らの働きぶりを称賛した。そしてまたザラッツも主として彼らに慕われているらしく、常に忙しい彼は部下達にいつも心配されていろいろ世話を焼かれているようだった。

「だがそれなら、今回ディエナと二人だけで帰ってくる件に、よく何も言われなかったものだな」
「……いえ、さすがに正直に二人だけとは言っていません。急ぐから最少人数で、とは言いましたが。あとは放っておくと林の中にまで探しに来そうでしたので、絶対に林を出た街道脇で待っていろと、そこは厳命しました」

 そこまでは強い口調で言い切った彼だが、そこで彼の表情と声から力が抜ける。

「ただ……流石に徒歩で帰ってくると言えば不審な顔はされましたが」

 ザラッツはその時の部下達の顔を思い出したのか、楽しそうに笑って言った。ディエナがいうには真面目過ぎて仏頂面が多いとの事だが……セイネリアから見れば、この男も随分表情が柔らかくなって前より笑うようになったと思う。

「最小限の人数で徒歩で帰ってくる上、どう考えても転送でも使わないと無理な日程で帰ってくるとなれば……いろいろ詮索されたり苦言を言ってきた奴がいたんじゃないか?」

 そう聞いてみればザラッツは、えぇそうですが、と前置いてからしたり顔で言った。

「貴方が一緒だと言えば皆文句をいうのをやめました。護衛兵の一団より、貴方一人が傍にいる方が心強いという事は私の部下達ならよく知っていますからね。それに、貴方が手を回したのなら早すぎる帰還も何か特別な手を使ったのだろうで終わります」
「……なるほど」

 こちらのやり取りを聞いて、後ろでディエナとカリンが笑う。それでザラッツも彼女たちに釣られるように笑った。
 林は農地への風よけのためのものであるからさほど広くはなく、すぐに出口は見えてくる。それと同時に、待機している兵の一団も見えて来た。おそらくはその段階で向こうからもこちらが見えたのだろう、彼らが姿勢を正しているのか装備が立てる音が微かに聞こえてきた。

「ナスロウ卿、ご無事でなによりです」

 林から出てはいないが向こうから完全にこちらの姿が確認できる位置まで来たところで、兵の先頭に立っていた男が礼を取った。きっちりと立派な鎧姿の男は兜を被ってはいたが、その声だけで誰かくらいセイネリアにはすぐに分かる。

「あぁ、出迎えご苦労だった」

 ザラッツがそう言うと、先頭の男は率いてきた兵たちに声を掛けてこちらを守るように隊列を作らせる。それから列の先頭へ行こうとしたから、すれ違いざまにセイネリアはその男に声を掛けた。

「久しぶりだ。元気そうだな、アジェリアン」

 どこから見ても立派な騎士にしか見えない男はそこで一度足を止めると、拳をぎゅっと握りしめてから小さく答えた。

「あぁ、本当に……ありがとう。話は、後で」

 そうして彼は先頭に立つと、部下達に声を掛けて歩きだした。
 ザラッツからの手紙で聞いていたから知ってはいたが、背筋を伸ばし、自信に満ちた足取りで歩く彼の後ろ姿に、自然とセイネリアの唇は緩いカーブを描いていた。




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