黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【20】



 子供の成長は早い。というか若いほど、数年ぶりに会った時にその変わりように驚く事になる。すっかり背が大きくなって顔の輪郭から丸みが消えた青年は、だがセイネリアの前に立つとまだかなりある身長差に悔しそうな顔をした。

「やっぱり全然かないませんね、今ならかなり近づけたと思っていたのですが」

 さすがに時期領主として教育を受けているだけあって、スオートの言葉遣いや所作にはもう子供っぽさはない。
 グローディの屋敷前、グローディ卿は出て来ていないが、他のグローディ家の者達はセイネリア達を見送りに出てきてくれていた。

「前からすればかなり近づいたろ。それに少なくとも今は女の服を着たくらいでは女に見えない」

 するとスオートは少し顔を赤くして、ちょっと気まずそうに視線をさ迷わせた。

「今でもあの時の話をしてアンに笑われてるんです……いや今はもう女性に見えないというそれ自体は嬉しいですけど」
「なら後は、見た目だけでなく態度で男らしさを示して自信をつける事だな。そうすればそんな話も笑い飛ばせるようになる」

 黙っていれば貴公子然とした青年は、そこで顔をしかめて腕を組み、うーんと唸って考え込む。そういうところは前の時と変わらない。

「自信ですかぁ……そうですね、貴方のように、というのは無理としてももう少し貴方みたいな睨みが聞く顔とか……迫力というか、圧というか、そういうのが欲しいと思っているのですが」
「歳をとって経験による自信がついてくれば自然とそういうのは出てくる」
「それでも貴方くらい、は無理ですよね」
「無理だろうな」

 そこでスオートはガクリと肩を落として見せる。それを見て横にいたカリンがクスクスと笑いだした。

「スオート様と我が主ではタイプが違いすぎます。スオート様にはスオート様にしかない強みがあります、ですから我が主と同じものを求めても意味はありません」
「僕にしかないものですか?」
「そうですね、笑顔、とか」
「笑顔?」
「はい、我が主は笑顔で人を幸せな気持ちにはできないと思いますので」

 それでスオートはセイネリアの方を見る。
 それからしばらく考えて、彼はまたカリンに聞いてきた。

「僕の笑顔は、人を幸せな気分に出来る……のですか?」
「はい、スオート様はハンサムでいらっしゃいますから、特に若い女性ならその笑顔を向けられただけで幸せな気持ちになれると思います」

 スオートはそれにちょっと嬉しそうに頬を染めた。ただそんな彼にカリンは笑顔のまま付け足した。

「ですが、無暗に笑顔を振りまきすぎるとアンライヤ様に怒られますので、そこは注意なさって下さい」

 スオートはちら、と少し離れた所でディエナと話している婚約者の方を見た。

「そうですね、肝に銘じておきます」

 そうしてまた、姿勢を正す。カリンも言った通り、スオートは貴族らしく顔立ちが整っているから女にはモテる方だと思う。ただ婚約者であるアンライヤがかなりの美人であるから、よほど自信がある女でないとスオートをターゲットにしようなどとは思わないだろう。

 スオートは大きく息を吐くとそこで二歩下がった。そうしてこちらを暫く見てから、子供っぽい笑みを浮かべて口を開いた。

「実をいうと前の時はなぜこんな美人がこんな怖い人についているのだろうと思っていたのですが、今見ると悔しいですがお似合いです」

 それにカリンが笑みを漏らす。

「マセガキめ」

 セイネリアがそれだけ返せば、スオートはやはり子供っぽくニカっと笑った。

「いえ、もう子供ではありません。でも本当にカリンを諦めるのは悔しかったんですよ、子供ながらに、あんな怖い人間の傍にいたら苦労しそうだし僕の傍にいた方がって思っていたのですから」
「ガキの時からだが、お前は美人に弱すぎる。浮気で婚約者殿に捨てられないよう気をつけろよ」
「わかっています、貴方とは違いますから」

 それでカリンとスオートが笑い声をあげる。カリンは勿論かなり控えめだが。セイネリアは笑わなかったが、その程度の嫌味は言われても仕方ないとは思っているから別に不快に思ってはいない。スオートはひとしきり笑うと笑みを収め、今度はセイネリアの前に立って真っすぐ顔を見て言った。

「あの、言っておきますが僕は本当に貴方をすごい人だと思っています。平民とか貴族とか関係なく、貴方は敵に回したら絶対にまずい、勝てない相手だと思っています。そして尊敬もしています。……貴方に最後に教えてもらった『いい事』はとても役立ちました。僕が領主になった後にはぜひまたここへいらして、僕の部下達を見てください」

 スオートの瞳には自信がある。ならば信用できる部下を既に何人か見つけているのかもしれない。

「わかった、楽しみにしている」

 それで彼とは別れを告げた。
 ちなみに彼は今回、アンライヤにつきっきりだった上、婚約式の主役でもあったからあまりセイネリアと話をする機会がなくて、見送りの時くらいは自分を優先してくれとザラッツや姉に言ったのだ。
 だから、スオートがアンライヤ達の元に行ったのを見てから、ザラッツとディエナ、そしてその後ろにいたレンファンがこちらにやってきた。

「スオート様は立派になられたでしょう」

 そう言ってきたザラッツに、セイネリアは言ってやる。

「確かにな。ただ惚れっぽいのは前のままだから気を付けた方がいいぞ」

 それにはディエナが顔を顰める。

「えぇ確かにあの子は昔から惚れっぽくて……。ですからアンライヤには、何かあったら私が叱ってあげますからすぐ相談してと言っておきました」

 それでその場の全員が笑う。
 だが、見送りに来ていた面々がこちらから距離を置いたのを見て、セイネリアは言った。

「なら、そろそろいくぞ。問題ないな?」
「あぁ、勿論」

 そうして、セイネリア達はグローディ家の門を出た。
 今回セイネリア達はここからナスロウ領に行く事になっていた。ただそっちも当然のんびり馬で向かう時間が惜しいので、事前にケサランに転送を頼んであった。ザラッツもディエナも出来れば早くナスロウ領へ戻りたいという事だから、ついでに一緒に転送を使う事も了承を得てある。とはいえさすがに魔法使いの転送を見せる人間は最小限にしたいので、ケサランとは町を出て街道を暫く行った林の中での待ち合わせだ。

「帰る時間は大体知らせてあるので、近くに迎えが来てまっていてくれてる筈です。特に今回の迎えには彼が来る筈ですから」

 ザラッツの言う『彼』が誰か分かっているからこそ、セイネリアは僅かに口元を緩めた。




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