黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【19】




「……なるほど、それでザウラ卿は俺を恨んでいなかったのか」

 思わず口をついたのは、先ほどの違和感の理由だ。腹心の部下が戻ってきたからこそ、彼はセイネリアを恨まず素直に考えを改める事が出来たのだろう。

「ザウラ卿がどうか?」

 主の事となると心配そうにする男に、セイネリアは苦笑する。

「いや、何でもない。お前が無事なら確実に、このあたりが面白くなっていくだろうと思っただけだ」
「……はぁ」

 と、ジェレ・サグは間の抜けた返事を返したから、セイネリアはそれに少し意地が悪い口調で聞いてやる。

「それで、わざわざ呼び止めたんだ、俺に何か言う事があったんじゃないのか?」

 するとジェレ・サグは背筋を伸ばして、それから深々と頭を下げた。

「ありがとう、あの時スローデン様を救ってくださって、だからこそ今がある。……お前にはどうしても感謝を伝えたかった」
「俺はお前に全部の罪を被って死ねと言った人間だぞ」
「だがそのせいであの方の名に大きな傷がつかずに済んだ。それに俺は結局死なずに済んだしな、お前の提案は最善の方法だったと思っている」

 言ってジェレはもう一度深く頭を下げた。

「死ぬ筈だったのが生きながらえたんだ、まだお前にはやるべき事があるんだろ。何をするのか楽しみにしてるさ」

 セイネリアは蛮族出身の男に向けて背を向けた。そうしてすぐその場を離れた。
 ふと横を見れば、カリンがやけに嬉しそうに笑っていて、セイネリアは笑いこそしなかったが目を細めた。





 外出時はカリンの部下が必ずついている、というのが分かってから、エルは一人で出かけるのにあまり躊躇しなくなった。前はセイネリアによく『偉い奴は供くらい連れて歩け』と言っていた手前、自分も一人行動はマズイかと考えていたが今は『ま、いっか』と思うようになった。

 ただ、こっそり何かをするという事に関しては当然やりにくくなっている。

 『黒の剣傭兵団の副長』なんて肩書を持っていると皆引いてしまうようになって昔からの友人から距離をおかれるようになったエルだが、自分のウリは顔の広さというのもある分そのまま疎遠になって終わり……なんて事にする気はなかった。
 ともかくこちらとの付き合いは維持してもらいたいから、冒険者事務局には定期的に一人で顔を出す事にしていた。なにせ相手は傭兵団の肩書にびびっているのだから、他の奴を連れていくと余計に警戒される、エル一人でないとならない。勿論それは、自分を見張る人間がいるのを知っているから出来る事である。

 冒険者事務局に入っていくと、やはり傭兵団のエンブレムを見て気づいた人間は距離を取る。ただ視線を巡らせて知人と目が合うと、相手は軽く手を上げてくる。勿論エルもにっと笑って軽く手を上げて返す。そうかと思うと3人パーティを組んでる別の知人がエルを見つけてこちらにやってきた。

「お、エル、なんだお前、一人でふらふらしててもいいのかよ」
「まぁな、ウチのマスター怖いからそうそう何かされっこともないだろ」
「ははは、相当のバケモンらしいなぁお前ンとこのボスはよ」
「まーなー、頭もいいからよ、あれだけは敵に回さねぇ方がいいって忠告しとくぜ」
「ははは、肝に銘じておくわ」

 それでその3人組とは別れる。そのちょっと向こうで、別の知り合いがまた手を上げてくれたからこっちもまた手を上げ返しておく。
 
 最近はどうにか昔からの友人は他人のフリまではしなくなった。
 今の3人のように前通りに接してくれるようになった者も多いが、人の多いところでは堂々と話したがらない連中も多い。それでも団の噂としてヤバさより実力の高さが語られるようになってきたのもあって、ただ怖がって避けられるというのはかなり減った。

 とはいえ、伝言受け取りの受付に並べば気を使って先にどうぞなんて言われてよけられたりする訳で、しかもそれが一人二人ではなく連鎖的に皆言い出してあっという間に順番が来たりしてしまって、やっぱり団の名だけでも怖がられてるなぁというのを実感する。

「ほい」

 受付に冒険者支援石を出せば、事務員は事務的にそれを受け取って何かの魔法装置に入れる。暫く待てば装置の中に置いてある紙に文字が浮かび上がり、それを事務員がエルに渡した。

「ありがとさん」

 一応にっこり笑ってそういえば、無表情だった事務員もわずかに表情を和らげた。まったくの他人でもどういう時に関わるかわからないから、基本的にはどんな相手にも愛想をふりまいておくのがエルの主義だ。

――今日は2つか。

 実はエルと距離を置くようになった連中も、人前で話すのを躊躇しているだけで話したい事があるという奴も多く、こうして伝言を入れたり手紙をよこしてくる事が結構ある。ウチの傭兵団は大きいから手続きをしておけば事務局から手紙を配達してもらえはするのだが、ここへ来るのを日課にしたついでにエルは自分の分は受け取りにきていた。

 壁際に立って伝言を確認する。一つは前に事務局でこの間あった友人から、手を上げられたのにそのまま立ち去って悪かったという謝罪文。まぁあいつは気が小さいからなぁなんて笑って、もう一つの伝言を見たエルは眉を寄せた。

『ちょっと話出来る? 聞きたいことがあるんだ。いいなら待ち合わせ時間と場所はそっちで決めて連絡してくれるかな』

 それは魔法使い――今はもう見習いではなく正式に魔法使いになった筈のサーフェスからの伝言だった。




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