黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【22】



 首都セニエティの東の下区には宿屋や酒場の集まった場所がある。そこから更に大通りから見て奥へいけばいわゆる色街になる訳だが、今日は勿論そんなところに用事はない。
 いい感じに酒場に繰り出す連中で賑わう夕方近く、いわゆる酒場街をエルは歩いていた。そうしてその中の一つ、人が多い広めの酒場の中へ入ると、目的の人物を探して店内を見渡した。

――と、いたいた。

 どうやら向こうが先にこちらを見つけたようで、手を振っている姿が目に入る。壁際の少し奥まった席は、人にあまり聞かれたくない話をするには丁度よさそうだった。

「悪ィ、待たせたか?」
「エルが遅れた訳じゃないから気にしなくていいよ。いい席取りたかったから早めに来て本読んでただけだからね」

 確かにテーブルには、なんかいかにも魔法使いが読みそうな分厚い本がある。

「てかお前さん今、首都にいたんだ?」

 言いながらエルは今は見習いが取れて魔法使いとなったサーフェスの向かいの席に座った。

「まぁね、相変わらずお金稼ぎしてたから」
「の割に冒険者事務局じゃ見かけねぇっぽいけど?」
「そりゃー……折角魔法使いになったしね、今は植物擬肢を作るお仕事がメインかな、そっちは安定して稼げるし」
「へぇ……ま、そっちは基本金持ち相手だろうし、実入りはいいだろな」
「そういうこと」

 話しながらも途中でエルは手をあげて酒を注文する。店の中を見てみれば、入った時より更に人が増えているようでもう空き席がだいぶ少なくなっていた。周囲は騒がしいが話ができないほどでもなく、でも適度にうるさいからこちらの会話が他人に聞かれることもないと思う。カリンの部下も多分どこかで見ていると思うが、会話が聞こえる程傍にいる事はないだろう。
 ほどなくして頼んだ酒がやってきたから、それを一口飲んでからエルは彼に尋ねた。

「……で、聞きたい事ってのはなんだ?」

 それを待っていたかのようににこりと笑って、魔法使いの青年は聞いてくる。

「君のとこの傭兵団の噂はいろいろ聞こえてきてるんだけどね、基本はどれだけ怖いとか、すごい精鋭ぞろいだとか、情け容赦ないとか……そういうのなんだけど、意外なところで孤児院を保護してるってのがあったんだよね」
「あー……」

 声を出しながらエルは悩んでいた、さて自分はどこまで話していいのだろうと。

「で、その噂とほぼ同時に、その孤児院出身の男がそっちの傭兵団に入ったってのも聞いたんだよね。しかもどうやら例の孤児院は借金があって嫌がらせをされていたらしいとか。……それが全部つながってるとしたら、ある予想がつくよね?」

 そこでもエルはまだ返事を返しかねていた。どこまでいうべきか、どこまで言っていいのか、と。

「あの男が噂で聞くような悪人じゃないことは知ってるけどさ、慈善事業でそんな事するような人間でもないよね?」

 サーフェスは頭がいい。魔法使い様なんだから当然だともいえるが、単純な研究方面だけでなく、いろいろ鋭いというか……ある意味セイネリア的な頭の良さもある。つまるところ、エルの頭で彼を誤魔化せるとは思えない。

「んー……言えない、っていったら諦めてくれっか?」
「そしたら僕は独自に調べて確かめてみるしかないかな」
「それも困るンだが……俺がどこまで言っていいのか分からねぇんだよ」

 誤魔化せないなら正直に話すしかないのだが、サーフェスはそこでまたにこりと笑う。

「なんだ、それなら話は簡単じゃないか」
「へ?」
「僕が直接あの男に会って聞けばいいだけだよね」
「あー……」

 確かに、それは間違ってはいない。エルが言っていいのか悪いのかわからないなら本人に直接聞く、それは至極もっともだ。サーフェスなら知らない人間という訳でもないし、あの厄介な樹海の仕事の事も知っている。話したいというのならセイネリアが断る事はないだろう。

「でもよ、だったら最初から俺を呼ばずにあいつに伝言送ればよかったじゃねーか」
「それも考えたんだけどね、彼忙しそうだから後回しにされそうだし、本人にいきなり聞くよりエルの反応を見てまず判断してからにしようかなと思ったんだよ。……でも本当にエルって嘘つけない性格だよね、言えないって段階でほぼ僕の思ってた通りって肯定してるのも同じじゃないかな」

 エルはひくっと顔をひきつらせた。だから頭のいい奴相手はしたくないんだと心で呟く。

「だからエルに会った目的はちゃんと達成できたよ。となればどっちにしろ後は直接彼と交渉するだけだしね」

 なんかもう怒るのもばかばかしいし、頭で勝てない相手にあれこれ言っても自分のボロが出まくるだけなのはわかっているからエルは大人しく彼に言う。

「へーへー、わあったよ、あいつにお前が会いたいって事を伝えとく。ンで決まったらまた連絡入れとくよ。……ただすぐってのは無理だぞ、今あいつ首都にいないからよ」
「そうなんだ」
「2、3日内には帰ってくるから、5日以内には何かしらの連絡は出来っと思う」
「了解」

 今回の用件についてはそれで終わりで、あとは食事をしながら適度に雑談をしてエルは傭兵団に戻った。何処かで見ているカリンの部下からすれば、知人が首都に来たからちょっと会ったというくらいに見えるだろうし、実際相手がサーフェスならセイネリアも分かる人間だから何と報告されてもどうとでも言いつくろえると思っていた……が。

――ここはあいつ(セイネリア)にも正直にそのまま伝えるのがいいかね。

 なにせ俺は嘘がつけないからな、と独り言ちて、エルはのんびりと帰り路を歩いた。




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