黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【17】



 グローディ卿の屋敷の中庭は前に来た時と比べて大きく変わったというところはほぼなかった。植木の高さや置いてある椅子やらが増えていたり等の変化はあるが、目立って変えたところは見当たらない。ただ手入れは前よりも行き届いている印象は受ける。前の時の状況を考えればそれは当然かもしれないが。

 昼下がりの午後、貴族の家ではお約束ともいえる茶の時間というのがある。
 今日は人数もいるし天気がいいからと外でのお茶会となったわけだが、そちらは女子供達のためで、あまりお茶会に向いていない面々は別席のグローディ卿の部屋に近いテラスで話す事となった。

「まったく、こちらは向こうの華やかさとは対照的だな」

 背もたれが大きく足置きのある椅子に座って、グローディ卿は向こうのお茶会を見ながら言う。

「それは仕方ないでしょう」

 苦笑してそう返すのはザラッツ――現ナスロウ卿だ。
 向こう側の面子には気兼ねなく楽しんでもらうためもあって、グローディ卿とナスロウ卿、そしてセイネリアの3人は彼らと別席にしたのもある。身分でいえば一番低いカリンに向かって、お客様なのだからとあれこれ気を遣うディエナやエイレーンの姿を見てはグローディ卿は嬉しそうに目を細めていた。

「スオートはこちらに来たがったがな」

 そうして穏やかに笑いながらも、グローディ卿は娘の夫である男に少し意地悪そうに言う。

「確かに自分だけ女性達の中に残るのはご不満そうでしたね。ですがアンライヤ様をエスコートしなくてはと言えば納得してくださいましたよ」
「スオートは普段のお茶会では、どちらに参加しているんだ?」

 そこでセイネリアが聞いてみれば、ザラッツとグローディ卿は声を揃えて笑顔で答える。

「普段は全員一緒だ」
「一緒ですよ、……私は不参加が多いですが」

 セイネリアは即座にザラッツにいってやる。

「なんだ、茶に付き合う余裕もないのか。相変わらずの堅物め」

 ザラッツは気まずそうに頭を掻く。ちなみにザラッツの名は、以前はザラッツ・ウィス・グランズだったが、ナスロウ卿となった事でアウムゼッド・ザラッツ・ウィス・ナスロウとなった。であるから本当はアウムゼットの方かナスロウ卿と呼ばなくてはならないのだが、ザラッツ本人からは『人前でなければザラッツでいいですよ。貴方にナスロウ卿と言われるとからかわれている気がしますので』とセイネリアは言われていた。だから一応はナスロウ卿と呼ぶ事にしているが、こういう身内だけの席だとザラッツと呼ぶ事もある。

「その……なんというか、いろいろあの手の席は苦手で……仕事をしている方が楽なんです。堅物なのはわかってますよ」

 そこでグローディ卿はカカカ、と声を上げて笑う。

「こ奴はな、いまだにスオートやエイレーン、ララネラについ『様』をつけてはよく怒られているんだ。しかも茶の席だとたまに自分の妻にも『様』をつける始末だ」
「なんだ、そろそろ慣れたんじゃないのか?」
「いえそのっ、2人の時や他人の前なら大丈夫なのですが、どうにもあの手の砕けた席だとつい……」

 ザラッツは気まずそうに溜息をつく。その様を見てグローディ卿は楽しそうに笑う。さすがに最初に会った時を考えれば相当に老けたという印象だが、息子のロスハンを失った直後からすればグローディ卿の顔艶はかなりいい。まだ当分は長生きしてくれそうだとセイネリアは思う。
 グローディ卿はずっと笑みを絶やさぬまま、お茶を手にとると一口飲んだ。

「いい加減、私を父と呼んでくれてもいいのだぞ」
「いやっ、その……それは、さすがに」

 焦るザラッツに、年老いたこの地の領主は目を閉じてしみじみと呟く。

「お前がディエナの夫で良かった」

 それから彼は静かにセイネリアの顔を見て言ってくる。

「本当にお前には世話になった。ロスハンが死んだ時はすべてが終わりのような気さえしていたのに……今は毎日穏やかに暮らして、この先が楽しみな事ばかりで長生きしたくなる」
「それはよかった。せっかく労力を注いで助けたのにあっさり死なれては困る」
「大丈夫だ、まだ当分は死なんさ。少なくともスオートに当主の座を渡して、ディエナの子を見ないとな」

 言いながらちらとザラッツを見て、グローディ卿はまた優雅に茶を飲む。当のザラッツは気まずそうに顔を引きつらせていたから、セイネリアもわざとらしく言ってやる。

「そうだな、父親の自覚が出来ればもうすこしナスロウ卿らしくなるんじゃないか」
「あぁ、私もそれを期待しているんだがな……」

 セイネリアに合わせるようにグローディ卿もそこで演技じみた深いため息をついてみせた。だがすぐに、何も言えないザラッツを見てからははっと声を上げて豪快に笑い出す。その笑い方は最初に会った時に戻ったような勢いがあった。当然ザラッツは困った顔をしてはいるが、元気そうなグローディ卿の姿には安堵の目を向けていた。
 そうしてひとしきり笑った後、グローディ卿はまたセイネリアを真剣な目でじっと見た。

「ともかく、お前には感謝してるし、恩を返さねばならないと思ってる。何かこちらで役に立てることがあれば遠慮せずに言ってきてくれ」
「その時があればな。……だが毎回毎回礼など言わなくてもいいぞ、その件は既に仕事としてちゃんと報酬をもらってる」
「馬鹿を言え、お前の働きに見合うだけの報酬が出せなかったから礼を言うしかないんだろうがっ」

 言うと同時にグローディ卿が笑えば、それには釣られてザラッツも笑っていた。ふと女性達のお茶会の方を見ればこちらを見ていて何か言い合っては笑っている。どうやらザラッツとグローディ卿が笑っているのについて何か言っているらしい。確かにいい好々爺になったグローディ卿はともかく、ザラッツがこれだけ笑っているのは珍しいのだろう。

 なんというか、見えている風景は、絵にかいたように平和な日常の一場面といったようで、セイネリアは自分の場違い感に苦笑する。だが、こういう空気も悪くはない。こうして笑っている彼らの今は彼らが勝ち取ったものであり、セイネリアがそうしようと動いた結果でもある。
 だから、それを見るのは楽しくもあった。




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