黒 の 主 〜傭兵団の章三〜 【16】 天気が良い昼下がり、平常運転に戻った黒の剣傭兵団は平和だった。 というか、特に今日はここの主であるセイネリアが平和的な理由で出かけているのもあるから、団員達にとっては更に平和だった。 ――だからって、皆だらけ切ってて規律が吹っ飛んだってこともねぇしな。 鬼のいぬ間になんとやら……なんて事をするにはその鬼へのあとバレが怖すぎるからここでハメを外しすぎる馬鹿なんかいねぇわな、と中庭で自主鍛錬してる連中を見てエルは思う。 セイネリアとカリンが揃ってグローディ領に出かけたから、当然エルは留守番だった。一応セイネリアからは『お前も来たいか?』とは聞かれたが、行きたい行きたくない以前に行けるわけねーだろというのがエルがした返事だ。セイネリアのことだから、そう返してくるのがわかってて聞いたのだろうが。逆に聞いたら行くと言い出すのがわかっているからクリムゾンには聞かなかったらしい。 ただ鬼のいぬ間にではないが、エルも今日はちょっとアッテラ神殿まで出かけてくるつもりであった。今日の分の依頼書は目を通したし、今は忙しい時期ではないから問題もないだろう。もちろん行先は告げていくから急な用事が出来れば誰かくるだろうし、そもそもカリンの部下が陰からついてくる筈だからそっちから連絡が来るだろう。 「あれ、エルどっか行くのか?」 得物を背負って門へ向かえば、当然気づいた団員にそう声を掛けられる。ちなみにエルは団員達には基本呼び捨てにしていいといってある。なので大半は呼び捨てで、さん付けするやつはたまにいるものの様付けしてしてくる者はまずいない。……一応立場的には付けられてもおかしくはないのだが。 「おぅ、ちっとアッテラ神殿に行ってくるわ」 「そういやちょっと前は結構行ってたみたいだったのに最近行ってなかったんじゃね?」 「まぁな、急に行かなくなったから向こうもどうしたのかと思ってンかもしんねーなと思ってよ、マスターいない間にちっと顔だしてくっかなと」 「そっか、気をつけろよ。誰か連れてかなくていいか?」 そう言ってきたのはやはりリオの件があるからだろう。自分はちゃんと見張り役がついてるから大丈夫とは流石に言えないが。 「まぁ大丈夫だろ。ンなやばそーなトコ通らねぇようにすっからよ。それに何かあったら足に強化掛けて逃げるしさ」 「そっか、その手があるな」 それでやっと解放してもらえて団を出ることができた。心配してもらえるのはいいのだが、あまりオオゴトにされるのも困る。特に今日は。 実をいうと、アッテラ神殿通いをしている間に、エルは神殿の友人連中で顔の広い奴らに最近の神殿でのことを聞くついでに、ウラハッドについて遠まわしになにか知らないか聞いてもいたのだ。勿論弟の事や例の事件については話さず割と軽い感じで聞いてあったから彼らもそこまで真剣には聞いていなかったが、だからこそ気楽に他の連中にも何か知っているか聞いておくとは言ってくれていた。 神殿に毎日通っていた間にそっちの情報が入ってくることはなかったが、あれからそこそこ日数が経った今なら何かしらの情報が入っているかもしれない。エルが今日神殿へ行くのはそれが理由だった。 ――俺を見てる奴も神殿の中までは付いてこないしな。 セイネリアがつけているエルの見張り役は、あくまでエルの安全のためであるから神殿の中にまでは入ってこない。 だからセイネリアに対して隠しておきたい調査は神殿内で行うのが都合がよかった。 「お、エルか、どうした? こんとこ顔見なかったけどよ」 案の定神殿につけば、急に来なくなったエルに対してあちこちからそう声をかけられた。ただ冒険者として仕事をしている者は団の噂を知っているようで、いつもと違って声を掛けてこなかったり、他に人がいない時にこっそり近づいてきて『大変だったみたいだな』なんて聞いてきた。 そんなだから、友人の一人にちょっとこちらへ来いと人影のないところへ連れて来られた時もまた噂話の件かと思ったのだったが、彼は他の噂について聞いてきた連中とは違った真剣な顔でエルに言ってきた。 「お前さ、前にウラハッドって奴の事聞いてたろ……アレ、へたに聞いて回らない方がいいぜ」 「何かヤバイ事あったのか?」 「ソイツの行方を聞いてた奴が、2日後死体になってたんだってよ。しかもソイツ、一応程度だが貴族の親戚がいるような奴だったんだぞ」 ウラハッドが取引をした貴族はかなりの地位だとは知っていたが、やはり本気で手を出したらまずい地位で容赦のないタイプの相手らしい。……まぁそもそも、あの事件の真相を知っていればそれは予想できた事だが。ウラハッドの恋人は貴族だった、なのにあっさり殺された。犯罪者側にはされなかったものの、もし彼女の親が調べて抗議したとしても全く問題でないくらいの力を持った人物が黒幕だというのは分かる。 「そ、そうなのか。ンじゃ軽い気持ちで聞きまわるモンじゃねーな」 どうにか動揺は出ないようにしたつもりだが、それでも声は硬かったと思う。 ただ相手はそれを疑問には思わなかったようで――ヤバさに動揺したのだとでも思ってくれたのか、最後に念を押すように言ってきた。 「おう、死んだって事をそいつの想い人ってのに伝えてやりたい気持ちはわかるけどよ、ヘタに名前を出さない方がいいぜ」 エルは彼に礼を言って、それ以上聞かずに別れを告げた。 --------------------------------------------- |