黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【14】



 グローディに行くことを決めてすぐ、セイネリアはナスロウ卿であるザラッツに都合を聞く手紙を書いた。返事はすぐに返って来て向うへ行く日程は決まり、そのあと魔法使いケサランに連絡を取った。いくら急ぎの用事がなく比較的忙しくない状況だとしても、さすがにグローディまでのんびり馬車旅など出来る程暇ではない。当然行きも帰りも彼を頼るつもりでいた。
 魔法使いの返事はいつも通り文句付きの了承で、そうしてグローディへ行く当日、今回はケサランに傭兵団にまで来て貰った。

「随分御大層なものを作ったじゃないか」

 勿論彼がここに来たのは初めてだ。ケサランはセイネリアの執務室に通されるとそういって笑った。

「金はあったからな」
「景気が良さそうでいい事だ」

 彼とのこの手のやりとりには慣れているが、どこか最近はぎこちなさを感じもする。おそらく今の彼は、この最初の会話でセイネリアが何かおかしくなっていないか確認しているというのがあるからだろう。

「行先はグローディだったか、すぐ行くのか?」
「いや、折角来てくれたんだ、茶くらいは出すぞ。どうせすぐ着く訳だしな」
「ま、それならありがたくもてなされるかね」

 そうして魔法使いは客用の長椅子にどっかりと座って大きく息をつく。
 セイネリアが傍にいたカリンに合図を送ると、彼女は一礼をして茶の準備のために部屋を出ていった。

「……それで、最近はどうだ?」

 セイネリアとケサランの2人だけになると、魔法使いは先ほどとは変わって真剣な声で聞いてくる。

「変わらんな、剣の中の奴らがはっきりと何らかの意思をこちらに伝えてきたりという事はない。極たまに剣から悪意を感じるくらいだ。それも無視していれば気にならない」
「いや、普通は剣からとんでもない負の感情が流れて来て狂う筈なんだがな」
「みたいだな、クリムゾンが剣を持った時はそれで自分の意識が飲まれたそうだ」

 ケサランは、はーっとそこでため息をついて頭を押さえた。

「剣の主として認められてるからギネルセアの狂気が止められているのか、それともお前の意思が強すぎて入り込めないのか……両方かもしれないがな」
「俺としては、ギネルセアが狂っていてマトモな意識がないというのは分かるとして、騎士の意識が感じなさ過ぎて気味が悪い」
「そんなに感じないのか」
「最近では全くな」

 最初の内は戦う度に喜ぶような他人の感情を多少感じてはいたが、最近はそれもほとんど感じない。

「だが最初に剣を持った時には声が聞こえたんだろ?」
「あぁ、向こうから言葉をちゃんと伝えてきた」

 こうしてケサランとはこちらの状況を伝えて黒の剣の状態を確認しあってはいるのだが、最初の内はそれなりの情報交換になったもののこのところは互いに憶測を話すだけで特に進展はなかった。

「自分の望みが叶って満足したから消えた、というのはあるのか?」

 半分冗談ではあるのだが、そう聞いてみれば魔法使いは難しい顔をして腕を組む。

「執着していたものがなくなって意識がなくなる可能性はなくもないが……消滅というか、いわゆる天に召されるようなことはあり得ないな。魂が剣にとらわれている限りそこから逃げられない」
「成程」

 ただ今までの話を聞いたところ、意識としてはもう執着だけが残っていて、その執着が解消された――望みが果たされたから、意識自体がほぼ消えた、という事はあり得るかもしれないとは考えられる。騎士に対しては一応そう言われれば納得は出来るが、それでもすっきりはしない。

「そういえばやっぱり……黒の剣には文字はなかったか?」
「名前か?」
「そうだ、ギネルセラの名前と騎士の名前が……普通なら入っている筈なんだがな」

 ケサランの言うところによれば、普通は魔剣自体にその中に入った魔法使いの名前を彫っておくものらしい。長い月日が経って意識がうすれていた魔法使いも自分の名前を聞けば自分を思い出す事が出来るからだそうだ。
 とはいえ、自分を思い出す必要がないと本人が判断した場合は入れない事も多いという。セイネリアの持つ魔槍はそちらのパターンだ。

「剣にも鞘にも文字らしきものはなかった。勿論、あんたが書いてみせた『ギネルセラ』を示す文字もな」
「そうか。ならわざと書いてないのだろうな」

 普通の魔剣だったのなら、ケサランが直接魔剣を見れば中にいる者の感情が読み取れるし、彼本人が剣を調べて名前が入っていないか探す事も出来る。だが黒の剣は魔力がある者ほど触ったり見たりする事が難しいため彼が直接剣を調べる事は出来ない。

「そもそも、ギネルセラの名前は残っているのに何故騎士の名前が記録に残っていないんだ?」

 記憶を見たところでは騎士も当時はかなりの有名人だった筈だ。ギネルセラの名は残っているのに騎士の名が残っていないのは不自然ではある。

「それは……なにせ国が完全に滅びたからな、名前を知ってたような連中は王が暴走した時に皆死んだ。だがギネルセラの方はな……ギネルセアは魔力が多すぎてその魔力を数々の道具に込めて魔法アイテムを作っていた、それに彼の名が入っていたんだ」

 ギネルセラが魔法アイテムを作っていたことは確かに騎士の記憶の中であった。
 つまり、国が滅んだ後も彼が作った魔法アイテムは残っていて、そのせいでギネルセラの名は分かったという訳か。おそらくその後は魔法ギルドで彼の名前が記録として残されてきた、という事なのだろう。

「今では遠すぎる昔の話だ、騎士の名を書いた記録がどこかに残っていない限り……分からないだろうな」

 残念そうに呟く魔法使いに向けて、セイネリアは皮肉気に唇を曲げて笑って見せる。

「別にいいさ、もし騎士に問いただせたとしても……どうせ大した事は分からんだろ」

 出来る事など、確定したくなかった事実が確定出来る、その程度しかない。
 だがそこで剣の話は終りとなった。カリンがティーワゴンを引いて部屋に戻ってきたからだ。




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