黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【13】



 さすがにそれ以上カリンは食い下がらなかったが、何かを考えているように下を向いている。諦めたなら自ら退出するのだろうがまだ諦めずに考えているようなので、セイネリアは待ってやるつもりで机に置かれた手紙に手を伸ばした。

 以前請け負った仕事で知り合った者達からは、よくこうしてセイネリア宛に親書や手紙が来ていた。特に貴族連中はマメで定期的に寄こしてくる。どれも内容は簡単な近況報告程度だが、繋がりを保っておく意味もあるのだろう。さすがにこの手の手紙は人任せにするわけにはいかないのでセイネリアが読んで直接返事を書いているが、時間がない時は親書にする事も多い。ちなみに親書というのは専用の魔石に声を入れて届ける冒険者事務局のサービスである。手紙に比べれば楽だが当然金が掛かる。

 今日届いた手紙は1つ。巻いて封をした状態で届くのはまず大抵貴族からのものだ。手に取れば家の紋章が入っていて誰からかすぐ分かる。今のところ彼が一番マメに手紙を寄こしてくる。セイネリアは封を解いて手紙を広げた。

「グローディの跡取りが、スザーナ領主の娘と婚約する事になったらしい」

 まだ考え込んでいるカリンにそう言えば、彼女はすぐに反応した。

「スオート様とアンライヤ様が……ですか?」
「あぁ、確か去年の手紙でスザーナからアンライヤを招いて、スオートがあの時の事をバラしたと書いてあったから……その後、あのガキが口説いたんだろ」

 それにカリンがクスリと笑う。

「確かに、スオート様はアンライヤ様をお好きなようでしたから。……手紙は、ナスロウ卿からでしょうか?」
「あぁ、ザラッツからだ。あいつは真面目で律儀だからな」

 彼がナスロウ卿になった直後は数日おきに……さすがにセイネリアが騎士団に入っていた時は半年くらいはあいたが、今は大体2月に1度は彼から近況報告の手紙が送られてきていた。

「それだけ、ボスに感謝しているのだと思います」

 カリンはそれにも嬉しそうに笑う。

「俺はあいつに面倒ごとを全部押し付けただけだ」
「……それでも、あの方にとって一番いい結果になるようにしたではないですか」

 そういえば最近、カリンはかつてセイネリアと仕事で関わった人間が、現在はどうしているか、何が起こっていたか等、そういう話をよく振ってくるようになった。そしていつも彼らが上手く行っているという話につけたすように、それはセイネリアのした事のせいだと言ってくるのだ。

「でも……考えてみると不思議ですね、最初にお会いした時、ボスはあの方を嫌っていたようでしたのに」

 言われてセイネリアも当初のザラッツを思い出す。確かに、嫌うというか、気に入らないタイプの人間だとは思った。だが、それだけでなかったのも確かだ。

「気に入らない男だったが最初から認めている部分もあった。貴族のボンボンとしてずっと怠けて生きてきたのを、騎士団に入ってから数年であそこまでにしたんだからそれだけの努力が出来る人間なのだろうとな」
「では最初から見込みはあると思っていらしたのですか?」
「自分を客観視して悪い部分を自覚出来るなら。……実際、自覚出来た段階で、ナスロウの名をやる事を考えた。決めたのはディエナの存在だが」

 ザラッツだけだと上に立つものとしては不安だが、彼女はザラッツに足りない度胸だとか決断力がある。2人を足せば、丁度お互いに足りないものを補足しあってどうにかなるだろうと思った。

「今回の手紙は、スオート様とアンライヤ様の報告だけでしたか?」
「他にも奴の部下となった連中の近況とかだな、ザラッツはそういうところがマメだ。……お前も読むか?」

 真面目で自分に厳しい――彼のそういう部分はセイネリアも認めている。ただ会った当初の彼は視野が狭すぎて応用が利かな過ぎた。物事を客観視できず、自分の信じたモノだけを盲目的に正しいと思っていた。

「よろしいのですか?」

 セイネリアはカリンに手紙を渡した。カリンは受け取ってそれを読みだす。セイネリアは彼女が読んでいる間黙って待っていたが、読み終わってカリンは手紙から目を離すとすぐにセイネリアを見て言ってきた。

「ボス、グローディ領には行かれないのですか?」

 身を乗り出す勢いで言ってきた彼女に、セイネリアは僅かに眉を寄せた。

「こちらに来ないかというのは奴の手紙のいつもの締めの文みたいなものだ」

 実際、ザラッツからの手紙は最後にいつも『時間が出来たらぜひまた一度こちらに来て下さい』と書いてある。

「ですが今回はスオート様とアンライヤ様の婚約式だと」
「身内向けのお披露目だろ、俺が行く意味はない」

 するとカリンは一度黙って、それから改めて言って来た。

「私はスオート様とアンライヤ様にお会いしたいです。それに向こうに行けば最近の蛮族達の動向も聞く事が出来ます。向うには蛮族と繋がってる人達がいますので。ボスも、ナスロウの名を渡した後のあの方の仕事ぶりを一度確認する義務はあるのではないですか?」

 どうやらカリンはそこまでして自分をグローディ領に行かせたいらしい、とセイネリアは理解する。

「そんなに俺をグローディに行かせたいのか」

 カリンはそれに笑顔を見せる。

「はい、そして私も行きたいのは本当です」

 セイネリアとしても別に頑なに行きたくないという訳ではない。行かなくてはならない理由がないというだけだった。そして今、セイネリアはそこまで忙しい訳でもない。

「分かった。ザラッツとケサランに連絡を取ろう」

 実際、行けば行ったでやる事がない訳ではない。それにあれからどうなったか、セイネリアも興味がなくはないし、確かに彼らの現状を見ておく義務もあるかもしれないと思った。




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