黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【12】



 黒の剣傭兵団に手を出そうとした連中の末路――としてこの間の件が噂が広まったせいか、この傭兵団に対する世間の扱いというのはかなり変わった。
 エルが言っていたように、黒の剣傭兵団の者と分かった途端、他の一般冒険者達は道を開け、仕事中でも一目置かれる存在として他のメンバーからは遠巻きに見られるようになったらしい。
 以前は新参者のこちらを見下し愚痴を言っていたような連中さえ、人前では声を出しては言わなくなった。他の大手傭兵団の所属連中も、上から注意をされたらしくこちらに対して嫌味を言ったり煽るような態度を取る馬鹿はいなくなった。
 貴族たちの間でも、ボーセリング卿の当主交代にセイネリアが関わっている事が密かに広まり、首都警備隊に発言力のあるザバネッド卿との繋がりや、グクーネズ卿が首都から消えた事からディンゼロ卿にも意見が出来るらしいという話も一部で囁かれているようだった。
 あそこには手を出すなというのが世間の共通認識となり、仕事での交渉もこちらの意見が通りやすくなった。貴族達でさえ仕事を頼むのにこちらの機嫌を伺ってくるようになった。

 とはいえ、それで終ればただの危険な集団扱いだが、当然仕事でも結果を残している。
 団員達は仕事先では皆から怖がられはするもののそれで調子に乗る事はなく、規律正しく与えられた仕事を着実にこなし、依頼主からは毎回最大の評価を返されていた。また現場に行ってから依頼内容が予定より難しいものと判明した場合でも早めに判断し、団へ応援を頼むか仕事の中止かを依頼主に尋ね、無茶をして死者を出すような事態にはさせなかった。……勿論、応援を頼んだ場合は難易度に見合った人間を即座に送って仕事を確実に成功させたし、中止の場合は無事に帰れるように働き、後払い金を受け取らなかった。そのあたり、怪しい仕事はエデンスに見てもらうようにしたのもあるが、そもそも千里眼と転送持ちのクーア神官が傭兵団にいるのはありえない事で、彼の存在はそれだけで団としての評価を上げていた。

 ともかくそうして仕事に関する信頼を勝ち取って行ったため、この団の人間であるというだけで付加価値がつくようになり、直接団への依頼する場合は相場より高い金額が最初から提示されるのが当たり前になった。団の人間が少し高い報酬をもらっていても同じ仕事をする他のメンバーが文句を言ってこないくらいには認められていて、その一方で世間では恐れられるようになった。

「噂によっては極悪非道の恐ろしい戦闘集団、という扱いになっています」

 カリンが情報屋の報告として最近の噂話をしたあと、そう言って笑った。

「だが実際、団の名では真っ当な仕事しかしていないからな、どれだけ影で悪く言おうと悪事を働いたという事実はない」
「はい、ですから仕事の方には影響は出ていません。依頼主はあくまで評価と実績を見て決める訳ですから。それに冒険者の間では『仕事のメンバーに黒の剣傭兵団の者がいるなら生きて帰れる』と言われる程、実際に現場にいくと怖がられはしても歓迎されるそうです」

 冒険者にとって、信用出来て戦力として頼りになる仲間が仕事上では一番重要である。特に生きて帰れるという言葉は組む相手に対して最上の褒め言葉だ。

「影で悪口を言われるのは有名税のようなものだろ。こっちを気に入らない連中のガス抜きとでも思って好きに言わせておけばいい」

 その手の悪い噂は、セイネリアと傭兵団のイメージ的に悪事を働いているに違いないという偏見と嫉妬からくるものだ。あとから出てきた傭兵団に評価を追い越された側としてはそう思ってでもいないと納得できないのだろう。

「はい、言っているだけの者は放っておきます。ただ不自然に悪い噂を広めているようなものがあったら出どころを見つけるようにします」
「あぁ、それでいい」

 多少黒い噂がついているとはいえ、傭兵団としては順調すぎる程順調だ。
 この手のものは一度軌道に乗ってしまえば、後は大抵上手く行くようになる。

「そういえば、ラダーはどうしている?」

 それを聞くと、カリンは冷静な報告時の態度から嬉しそうに微笑んだ。

「役に立っていますよ。おかげで向うの掃除や引っ越しが捗りました」
「本人は困惑していたようだが、もう慣れたか」
「そうですね、娼婦たちに揶揄われて困っているところも見ますが、彼女達の子供を見てやったりしているので感謝されていますし、少なくとも悪意を持って揶揄われてはいません」
「子供には慣れているだろうからな」

 ラダーは現在、基本は団内の力仕事をいろいろやっている。荷物持ちとして外の仕事についていきながら団との連絡役をやる事もあれば、女が多い情報屋の方へ行って力仕事を手伝ってくる事もある。ワラントの館や娼館には動かすのが面倒だからと放置された家具や使わなくなったあと物置になって放置されている部屋が結構ある。そういうのをまとめて整理したいという事で、今ラダーは暫くカリンの下で働いている。ただの力仕事担当というだけではなく、彼の場合は外に漏らせない秘密や絶対に無くせない重要なモノを頼めるからかなり助かっているらしい。

 ラダーに関しては鍛えてもらうとはいっても性格的に戦闘には使えそうにないから、単純な戦闘系の訓練をさせるつもりはなかった。ただ我慢強くガタイがいいから、攻撃を防ぐ防御面の訓練をさせ、ゆくゆくは戦闘能力ある人間と組ませて護衛の仕事には使えそうだと思っていた。
 カリンの下にいるのは情報屋でワラントの護衛をしていたような連中だから、今回彼女達にはついでに彼の訓練を頼んであった。彼女達はあくまでも娼館やワラントを守るために働いていたから、傭兵団の連中よりも適任だろう。

「孤児院の方は問題ないか?」
「はい、子供達も大分慣れて、顔を出すと喜んで迎えてくれます。嫌がらせ等もうけていません、何か困ったことがあればすぐ知らせるように言ってあります」

 孤児院の方には定期的に団の者が援助の品物や金を届けに行っているので、自然との黒の剣傭兵団の庇護下にあるらしいという認識が周辺で広まっていた。

「そうか」

 セイネリアがそれに返事を返すとカリンは暫く黙って……それからおそるおそるという感じで聞いてきた。

「ボスも、一度行ってみませんか?」
「何処へだ」
「孤児院にです」

 今度はそれでセイネリアが黙る。冗談だと言ってくるか待ってみたのだが、カリンの顔を見るとそうではないらしい。

「俺はいかない方がいいだろ」
「でも、孤児院の皆がお礼を言いたいと言ってますので一度くらいは……」
「礼はお前が受けておけ、俺が行っても子供が泣くだけだ」





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