黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【11】



「外出、してもいいんですか?」

 ラダーが驚いているのは、契約からしてほぼ自由がないと思っていたせいだろう。まぁ、セイネリアという男との付き合いがあって彼をある程度近くで見て理解していない人間ならそう思って当然だろうとエルは思う。

「んー外出するなとは特に言われてないからいいんじゃね? まー不安だったらカリンかマスターに直接聞いてくれ」
「はぁ……」

 表向きにはラダーは普通に傭兵団所属の冒険者という扱いとなる。ただサポート要員だから戦闘専門ではないと最初から皆には言ってある。この団には戦闘面の腕以外で特殊技能枠で入るモノがいるから、見た感じいかにも弱そうでもそう言っておけば不審に思われない。

「団内の事は俺やその辺りの連中に聞いてくれりゃいい、ただお前の仕事は基本マスターかカリンから言われた事になる。その辺りを何故だと聞いてきたり、どんな特殊技能持ってるんだとか聞いてくる奴がいるかもしれねーけど、そういう答えられない話は全部マスターからへたに話すなって言われてるっていっときゃいい。勿論お前の契約が特殊だってのは絶対いうなよ」
「分かり……ました」

 大きな体の男だが、さすがに不安なのか体を縮こませて辺りを見ている。
 そんな男に、エルは意地の悪そうな笑みを浮かべていってやる。

「まーここの連中にとってマスター以上に怖い奴はいねーからよ、都合の悪いことは皆マスターがって言っときゃ黙るからよ」

 ただそれでいかにも真面目そうな男は、真面目な顔で聞き返してきた。

「あの方は……怖い方、なのですか?」
「あー……うん、そらー……敵に回したらあれ以上に怖い奴はいないってくらいは怖いぜ」

 だから敵に回すな、と噂で散々言われているのだ。ただちょっと思ったところがあってエルは聞いてみた。

「お前はさ……マスターの事どう思うンだよ。怖いか?」
「それは、正直……怖い、です。ですが……優しい方でもある、と」

 エルは吹いた。

「ぶふぁっ……ってないない、あいつに優しいとかねーからっ」
「ですが俺以上に俺の状況を考えて、俺の思っていた以上の事までわざわざ条件に追加してくださいました」
「そらー……あいつさ、人を使う場合、その人間にとって一番いい状況にしてやれば最大の能力を発揮するって言っててさ、そうすることで使う側である自分に益があるって考え方なんだよ。早い話が結局は自分のため、なんだとさ」

 実際それはセイネリアが言っていた事だ。言い訳や謙遜とかでなく、あの男は本気でそう言っていた。

「……そうですか。ですが、優しいと俺はそう思っています。とにかく俺は、あの方の思った以上の提案に感謝しているので。ですからあの方のためなら何でもやります」

 その様子をみて、これは過激で危険じゃないバージョンのクリムゾンかよ、とエルは思ったが、確かにセイネリアの提案は彼にとってはそれくらいうれしいことだったのだろう、ただし……。

――ま、セイネリアにとっちゃ、あれだけ追加のサービスをしてやったところでどれも本当に大したことじゃねぇからな。

 ラダーは自分が言った以上に高く買ってくれた事に感激したのだろうが、セイネリア基準の価値で言えば今回は別に高い買い物ではない。返す金も孤児院への援助だってセイネリアからしたらはした金で済む。それにセイネリアの保護下にあると公言するだけでまず孤児院に何かしようなんて奴はいなくなるし、孤児院の位置的にも割と娼館街に近いからカリンの配下が見てくれるだろうし、そこまで労力を掛ける必要もない。

 セイネリアは人を使うことが上手いから、きっとラダーも払った金と労力以上の価値になるよう使うだろう。能力以上に、絶対に信用出来る人間の価値は大きいものだ。
 少し下衆な考え方をすれば、孤児院の援助と保護を続けて貰うためにラダーは裏切れないともいえる。彼はそんな人質みたいなマネはなくても裏切らない男だとはエルも思うが。

 結果としてセイネリアとラダーの契約は、どちらも損はなくて文句のつけようはなかったのだろう。心情としても孤児院の子供達が助かるのは嬉しいし、良かったとエルは思う。
 ……ただエルには、今回の件から少し考える事が出来たのだが。

「ンじゃ、部屋はここなっ。あとは室長に聞いてくれ」
「はいっ、ありがとうございます」

 幾分か緊張も見えるが晴れやかな笑顔を浮かべる男に、エルは笑顔を返してから……その笑みがすぐ崩れたのを自覚した。




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