黒 の 主 〜傭兵団の章三〜 【2】 セイネリアへの復讐を企てて黒の剣傭兵団を潰そうとしていた連中は、逆に黒の剣傭兵団の報復によって全滅した――あの後、巷に流れた噂はそんなところだ。首謀者の正体は連中の中でも一部しかしらなかったのもあって、ボーテの名が噂に出る事はなかった。 あとは細かい話で、どこでどれだけの人間が殺されたとか、その惨さや容赦のなさが語られ、最後にあそこにだけは手を出すものじゃないと皆震えあがって終わるのがお約束らしかった。 噂の中には時折その場で見ていたような内容が混じっていたが、それはおそらく生き残らせた連中のせいだろう。予定通りであるから放っておいて問題ない。 とはいえどんな噂も数日経てば人々の会話にあまり上らなくはなってくる。 ただ今回の場合それはその話題に人々が飽きたというより、声に出して堂々と話すのが憚られるようになっていったというのが正しい。実際、首都の人間は黒の剣傭兵団の名前さえ口に出す時は声を潜めるようになり、セイネリアの名共々、傭兵団の名も恐怖の対象として語られるようになっていた。 「いやー、ちょっと事務局に行ってきたんだけどよ、俺たちのエンブレムに気づいた途端、周りの連中がさっと引いて道が出来たぜ。前は俺を見ると気楽に声掛けてきた連中でさえ、遠くから様子を見てるだけで流石に気まずかったんだがよ」 仕事の報告にきたエルは、セイネリアが書類を見ている間も黙って待つ事はなくそう話を振ってくる。 「おかげですぐに中に入れて良かったろ」 「そうだけどよ……」 エルは頭を掻いて顔を顰めていた。 「それでも仕事は減ってない、むしろ増えてるんだろ?」 セイネリアが今見ているのは、彼が持ってきた依頼書の束だ。セイネリアの言葉に、エルは嫌そうに答える。 「まぁそうだけどさ。ヤバそうな仕事ばっか増えた気もするぜ」 確かに、と今丁度目を通している依頼内容を見てセイネリアは苦笑する。 「仕事の難易度的にヤバイのは構わないが、後々面倒ごとに巻き込まれそうという意味のヤバイ仕事は基本受けないから安心しろ。怪しいのはカリンに調べさせてから受けるかどうかこっちで決める」 その言葉に幾分かエルがほっとした顔をした。 「そっか、お前ヤバイ仕事好きだから、その手の仕事も喜んで受けるかと思ったぜ」 「最初から不正や犯罪行為にこちらを巻き込もうと依頼してくるような連中の仕事は受けないし、少なくとも団員達には真っ当な仕事しか割り当てないつもりだ。噂で何を言われても、傭兵団としてはあくまで実力と実績で正当に評価されるようにする。だから、団員達にも調子に乗って俺に恥をかかせるようなマネはするなと言っておけ」 傭兵団の顔は勿論セイネリアだが、表に出て依頼主と交渉したり団員達に直接指示を出すのはエルになる。彼に腹芸は無理だから、真っ当な仕事だけでいいと言われて安堵したのだろう。 「了解。お前の名を出せば皆真面目にやンだろうよ」 「ただ持ち上げられると調子づく馬鹿もいるからな、規律違反は厳しく罰しろ。身内だからという甘えはなしだ」 「……分かった」 とはいえ……依頼書をめくって次の依頼も明らかな地雷で、セイネリアも呆れる。 「今のところはかなりの確立でヤバイ仕事が来てるな」 「……だよなぁ」 どうやら依頼の内半分くらいは怪しくてカリンに調査をたのまなくてはならないらしい。ただこれも想定内ではあって、現状は噂のせいで犯罪ぎりぎりの仕事でも請け負ってくれるように思われているのだろう。その手の仕事を断って、真っ当な仕事で評価されていけばそういう仕事は基本来なくなると思われた。 とはいえヤバイ仕事も無条件で断る訳ではない。 「調べてヤバイと分かった仕事でも、受ける意味がありそうだったら情報屋の方で受けさせる。単に難易度的にヤバイだけなら俺が行けばいいだろ」 「現状、どっちのヤバイ仕事もガンガン来てるんだがよ」 「受ける受けないはこちらで判断する。お前の方に任せてる中級以下の仕事でも、怪しいところがあったら一度こちらに通せ」 「了解」 敵対勢力問題が終わって平常に戻った後、前よりも情報屋と傭兵団の仕事を明確に分ける事にした。エルが傭兵団担当で情報屋がカリンなのは前からだが、必要がない限りは互いの仕事内容に干渉しないという方針にした。ただしカリンはセイネリアがいない場合の代理をする可能性もあるので傭兵団の活動も大体は把握しているし、セイネリアの世話係兼側近として傭兵団に所属もしている。エルは情報屋には一切関わらずあくまで傭兵団の仕事専任となる。だから前のように幹部会議はせず、エルとカリンがそれぞれセイネリアへ報告すればいい事にした。 勿論、必要に応じて話し合いをする事も協力する事もあるが、表立っては別々の組織として活動する。その方が互いに動きやすいし、傭兵団の方に真っ当な仕事しかさせないためもあった。 --------------------------------------------- |