黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【3】



「ところで……よ、なんか最近カリンが元気ないっていうか。なんかあったのか?」
「心当たりはある。だが、仕方がない」
「……なんだよそれ」

 エルは明らかに顔を顰める。暫くこちらをじっと見てきたが、ため息をついて下を向いた。

「俺は事情しらねぇし、お前にどうこう言える立場じゃねーのは分かってンけどよ。仕方ないで済ますのはお前らしくないんじゃねーか」
「俺らしい、か……」

 セイネリアが皮肉げに唇を歪めれば、エルは更にむっとした顔をする。
 けれど彼が言い返す言葉を考えているうちに、部屋の外から声が聞こえた。

「カリンです、よろしいでしょうか?」

 エルに視線を向ければため息をついて片手で払うような動作をしたので、セイネリアは許可の声をカリンに返した。そうすればすぐ彼女は中へ入ってきたのだが、その表情は困惑気味で、何か困った事態が起こったらしいとすぐに分かった。

「あの……ボスに合わせて欲しいという男が来ているのですが」
「誰だ?」
「ラダー・ベルゼックと名乗りましたが」
「知らんな」

 それは即答で。セイネリアは人の名前は大体覚えている。覚えていなくても一度でも聞いていれば何かひっかかるものはあるはずで、それがないのだから完全に初めて聞いた名だということだ、だが。

「モーネス・ホフローから言われて来たそうです」

 その名は覚えがある。カリンもだからこそ追い返さずこちらに聞きに来たのだと分かった。

「そのラダー・ベルゼックとはどんな男だ?」
「歳は20歳前後、体は大柄ですがそこまで強そうには見えません。ただとにかく真面目そうな印象を受けました」
「……リパ神官か?」
「いえ、普通の戦士登録の冒険者……地方から出てきたばかりで、まだあまりいい仕事を出来ていなさそうな……感じでしょうか」

 となると、ある程度予想は出来る。

 モーネス・ホフローとは、セイネリアが冒険者として仕事を始めた初期の頃、一緒に仕事をした事がある老リパ神官だ。……もっとも、向こうの狙いはセイネリアを殺して名のある武器――あの時は魔槍だが――を奪う事が本来の目的だった。彼は孤児院をやっていて、そのために評判の悪い冒険者を仕事先で殺してはその武具を奪って売りさばいていた。自分の孤児院出身のソレズドを上級冒険者にしたて上げ、彼に仕事を受けさせては自分は後から急遽呼ばれてついてきたかのように振舞ってソレズド達に指示を出す……というやり口だった。
 魔槍が本人以外持ち上げられないものという事で諦めざる得なかったのと、彼らの意図をセイネリアが指摘した事で事実が判明したのだ。

「おい、モーネスって……あのリパ神官のジーサンかよ」

 だからエルが名を聞いただけで嫌そうな顔をするのも無理はない。

「だろうな。大方あのジジイの孤児院にいた人間、というところじゃないか?」

 モーネス自身は慈悲の神リパの神官というだけあって悪人ではない。歪んではいるが、基本は善人と言えるタイプの人間だった。だからこそあえてセイネリアは彼等を違反者として冒険者事務局に報告しなかった。その後彼等がどうなったかは知らないが、モーネスはともかくソレズドがただのクズだったのを考えれば、結局クズにふさわしい結末を迎えるのではないかとは思っていた。

「真面目そうな人間、か」

 モーネスの悪行を知らない――彼の善人の部分だけを見て来た者なら、本当に真面目な人間であってもおかしくはない。たとえば孤児院の子供になら、おそらくあのジジイは善人の顔しか見せていなかったと思われる。

「まぁいい、話だけは聞いてやる。連れて来ていいぞ」
「……聞くのかよ?」

 エルが即座にそう言ってきたから、セイネリアは彼を見た。

「聞くだけは聞いてもいい。あの爺さんがどんな意図で俺のところへ行けと言ったのかには興味がある」
「まぁ、そりゃな……」

 それでも嫌そうな顔をするエルに言っておく。

「お前も聞きたいならいていいぞ」

 それにエルは、当然聞くに決まってる、と返して来て、それから間もなくラダーという男がカリンに連れられて入ってきた。




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