黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【71】



 部屋に着いたところでセイネリアは、いつも通り廊下で待とうとしたクリムゾンに声を掛けて一緒に中に入らせた。時間的にはまだ少し早いが、今日の会議をこのままする事にしたからだ。面子がそろっているならさっさと終わらせてしまった方がいいし、どうせ話す内容はエルがいないのなら今日の話し合いについて報告と、情報屋側からきた補足報告をするくらいになる。どちらもカリンは知っている事であるからクリムゾンだけへの報告だ。クリムゾンは彼自身とセイネリアの仕事に関する話以外は興味がないから、エルが置いていった書類の内容を話す必要はない。
 とりあえずまずは会議の形式上、先にクリムゾンから今日の彼の仕事――団員と手合わせをして実力確認をした結果を聞く。聞くだけであるから指示まではない、それからこちらの報告となる。

「まず、グクーネズ卿だがな、ディンゼロ卿の派閥から正式に追い出された。宮廷貴族としては終わりで、田舎にひきこもるそうだ」

 その報告に、いつも不愛想な赤い髪の剣士がふっと鼻で笑う。まるで当然の結果に満足するように。
 キオットを脅した時に、グクーネズ卿が今回の事に関わっていた事を当然セイネリアは聞いて確認していた。基本は資金提供だったらしいが、捕まったリオの監禁先として屋敷の部屋を確かに提供していたそうだ。ただし、すぐにリオが自害したため急遽また屋敷の外へ運び出されたという訳だ。
 流石にこのまま見逃す気はなかったので、ディンゼロ卿に抗議をしておいた。ディンゼロ卿も詳細を話せば、流石にグクーネズ卿を見放すと言っていたのでそれで派閥からの追放となったらしい。

「それと、今日の話し合いだが、新しいボーセリング卿とは大した話はしていない。基本的には協力関係自体は今までと変わらず、ただ今後は情報交換のために定期的に向うの使者が情報屋にくる事になった。あと、例の書類の原本は受け取ってそのままザバネッド卿の目の前で燃やしてきた。それで約束通り契約も完了だ」

 さすがにあの場にいた者以外にアディアイネの個人事情を話す気はないから、団員としてのクリムゾンに報告する事はその程度だ。
 ただ、それを聞いた赤い髪の不愛想な剣士が、やけに嬉しそうに唇をゆがませたのを見てセイネリアは眉を寄せる。

「何がそんなに嬉しいんだ?」

 聞いてみれば。

「貴方が今後、ボーセリングに頭を下げなくて済むようになった事がです」

 赤い髪の剣士は、珍しく赤い目を細めてまで嬉しそうにセイネリアの顔を見る。

「例え見せかけだけとはいえ、貴方が頭を下げるのは許せません。特にあの男は貴方を見下していた。みじめに貴方の前で膝をついた時は笑うのを我慢するのが難しかった程です」

 うっとりと――そんな表現が似合う程酔うような瞳を向ける男にセイネリアの頭の中でまたちりちりとした苛立ちが生まれる。勿論それを表情にも態度にも出す事はないが、クリムゾンがそういう目で自分を見る時に苛立ちを感じるのは今までにも何度かあった事ではある。
 だが、今日はそれだけでは済まなかった。

「誰よりも強く誰よりも正しい判断を出来る貴方が、全てを統べるべきです」

 それに更にムカついて思わず彼に聞いていた。

「なんだ、お前は魔法使いどものように、俺に王にでもなれというのか?」

 それに赤い髪の剣士は頭を下げるだけで、肯定も否定もしなかった。その様子にも更に苛立ちが募る。本当に、気分が悪い。

「会議はこれで終わりだ」

 そう告げてクリムゾンへは退出を促す。彼は大人しく従って部屋を出ていく。だがカリンがそのまま残っていたから、セイネリアは彼女にも退出するように顔を見た。

「お前も、自分の部屋に戻っていいぞ」
「あの、でも……」
「悪いが今俺は気分が悪い。一人にしてくれ……命令だ」

 カリンはそれでも暫く立ったままでいたが、やがて部屋を出て行った。
 自分以外誰もいなくなった部屋で、セイネリアは大きく息を吐いて目を閉じた。

「何が、全て上手くいった、だ」

 呟けば、自分に唾を吐きかけたい気分になる。
 一見、こちらの都合がいいように全て収まったように見えるがそうではない。
 リオを助けられなかったのは明らかに自分のミスだ。ボーテを殺すしかなかったのもそのせいではある。
 だが情を排して考えれば確かに全て上手く行ったとも言える。リオの死と敵対してきた連中を出来る限り利用して、結果としては団も自分も更に恐れられるようになり、ムカつく親父を蹴落として別の協力者を追加出来た。団と自分の事だけを考えれば何も失敗はしていない、奴は上手くやったとそう他人には見えるだろう。噂で言われる通りのセイネリア・クロッセスなら、この結果はいかにも『らしい』と言われるものではある。

 だがセイネリアは分かっている、今回は失敗だったと。






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