黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【72】 他人はセイネリアが何事も思う通りにしているというかもしれないが、それは逆で毎回何かしらの失敗はしている。ただ失敗も想定内として軌道修正し、最終的に目的を果たしているから全て上手く行ったように見えるだけだ。今回もそうではあるが、失敗は取り返しきれていない。だから本当は上手くいってなどいっていない、ただの失敗だ。 ムカつく程力はあるのに、致命的なミスは犯す。結局、どれだけ力があっても何でも出来る訳ではない。自分は万能ではないのだから当たり前の事ではある。 そう思って自分に呆れても、苛立ちの原因はそれだけではないと分かっていた。こんなに訳も分からず苛つくのは――そこでセイネリアはリオの顔を思い出し、彼が自分を見ていた目が、アディアイネやクリムゾンが自分を見る目と同じだったと気づいた。まるで崇拝するように、こちらの全てを肯定して何かを期待する、そういう目だ。 「俺にに何をしろと?」 呟いてから、言った言葉の馬鹿馬鹿しさに笑う。 セイネリアは別に、誰かのために生きている訳ではない。あえていうなら自分自身のために生きている、自分の望みのために生きている……そのつもりだった。気に入った連中のために手を貸してやる事はあっても、別に彼等のために何かをしてやるつもりでやっていた訳ではない。その方が自分にとっても都合が良かったからだ。 だから別に……他人がセイネリアに対して何を望んでいても、それをかなえてやる義理はないし、そのつもりもない。 ならば、自分が望むものは何か。何が欲しいのか。 そう自分の中に問えば、何もない。 かつてはまだあったが、今はない。 ならば自分は何のために生きているのか、それが分からない。 力はある。これ以上を求める必要がないくらい。 権力も本気で望めばいくらでも叶うだろう。 死を恐れる事もなく、体の衰えを恐れる事もなく、最強の騎士の技術と、膨大な魔力を持ち、おおよそ人間が望むものを全て与えられた自分には何も望むモノがない。 なのにそれだけのものを全てを持っていても、全能ではないから結局出来ない事は出来ない。 望むモノはないのに、失うモノだけはある。 どんな期待の目で見られても、どんな力を持っていても、全てが叶う訳ではない。 あぁ本当に、自分の存在が馬鹿馬鹿しい――瞑った目の上を手で覆い、セイネリアはただ笑う。別に崇拝などされたい訳ではない、どれだけ強くても、人より多少は頭が回っても、自分は所詮人間である。崇拝して全肯定されるような完璧な存在ではない。 それでも何も求める気にならない程、力だけはある。だがその力で手に入るのは今ではイラナイものだけだ。欲しいものは手に入らない。失う事しかできない。 ずっと、死ぬ事さえなく、失い続けていく。 「……くそ」 呟くと同時に、笑い声は止まる。 自分でもとうとうイカレたかと思ったのに、冷静な自分が自分に対して、案外人間というのは簡単に狂わないものだと考えている。それでもおそらく、いつかはおかしくなるのだろう。数十年後か、あるいは数百年後か……いつかは分からなくても、本当に不老不死なら最後は狂う未来しかセイネリアには見えなかった。 別に自分を肯定してほしい訳ではないから、アディアイネのように誰かに依存すればいいともならない。そもそもその誰かは必ず先に死ぬのだから依存先など見つけないほうがいい。つまり、ボーセリングの連中の精神を安定させる方法というのは自分には使えないという事である。 「まさに、救いがないという奴だな」 何のためにここにいるのか、今自分は何をしているのか――考えればすべてが馬鹿馬鹿しくなる。今の自分の目に映る風景は、まるで母に誰だと言われた後、色を無くしてみえた世界のようだと思った。生きてる意味が欲しくて、心を満たす何かを掴もうとして、そのために力を求めていざ力を手に入れたらまたその頃に戻っただけだったとは随分と皮肉が効いている。 本当に、今の自分の存在はただの皮肉でしかない。 空っぽの人間は最後にまた空っぽになるのだと。それとも最初から最後まで自分はずっと空っぽだったのかもしれない――セイネリアは自らを嘲笑う事しかできなかった。 --------------------------------------------- |