黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【66】 「……今後、こちらとしては貴方とは定期的に連絡を取り合って情報交換をしていきたいと思っています。かといって貴方もお忙しいでしょうから、毎回直接お会いするのではなく、基本はこちらから3日置きに使者を出すというのでどうでしょう? 直接話し合った方がいいという場合だけ場を設けるという事で」 続いてアディアイネが言ってきた提案は、こちらも考えていた事ではあったから肯定はする。ただし、多少の変更は必要だった。 「そうだな、それで構わない。ただそっちからの使者はワラントの館の方に寄こしてくれ。情報屋は基本カリンに任せてる、あんたの方も傭兵団と直接関わるよりそっちと繋がってる事にした方がいいだろ?」 アディアイネはそれに一息程度の間をおいてから、分かりました、と返事を返した。少々名が知られすぎている黒の剣傭兵団は、ヘタをすれば今後貴族から睨まれる可能性もある。その時にボーセリング家が言い訳を出来る程度の余地を残しておく、その意図は向うも分かったのだろう。勿論、セイネリアからすれば逆もまたしかりな訳だが。 「こちらが知らないふりをしなくてはならないような失敗を貴方が犯すとは思いませんが、確かにウチとそちらが繋がっているのをあまり公にするといらぬ敵を作りそうですからね」 そう言ってから営業用の笑みを消して、アディアイネは静かに告げる。 「ですがどんな事態になろうと、私は貴方を裏切りません。表面上は貴方の敵になる事があっても、貴方の不利になるような事はしません。それは覚えておいてください」 セイネリアは口元を皮肉に歪めて聞いた。 「それを示すために、自分の弱点を俺に見せたのか?」 アディアイネ、いや現ボーセリング卿は、そこで返事の代わりに満足そうに微笑んだ。 「その通りです。そして貴方に見せておけば、私が裏切らない限り、貴方は彼女を守ってくださると思いましたから」 それなら彼の意図は分かる。セイネリアは軽くため息をつくと足を組んだ。その時にカリンが困惑しているのが分かったから彼女に言ってやる。 「さっきわざわざ妻といる様子を見せたのは、それだけの意味があったという事だ。それだけ彼女がそいつにとって重要だという事だろ」 最後の言葉はアディアイネを見て。すると彼は肩を竦めて苦笑すると、口元にその苦笑を残したまま答えた。 「えぇ、そうです。彼女の存在が、私の精神が安定している理由ですから」 成程――それでセイネリアの中で、彼が今までセイネリアに取って来た言動の大半がつながった。 「ボーセリング家で血が色濃く出てしまった能力が高い人間は精神が安定しない。けれど、誰か特定の人間をあてがってやればそれに依存する事で精神を安定させる事が出来るんです」 「お前にとっての依存先が彼女という事か」 「そうです」 理論的に考えて、それは納得できる事ではある。おそらくボーセリングの血に現れる能力の高い者の精神が安定しないのは、自分の存在理由に疑問を抱くとか、自分が化け物だという事に嫌悪感を抱くとかその辺りが原因だろう。だから無条件で自分を肯定してくれる人間がいれば安定する――とそれ自体は理にかなっている。 「……だから、依存先がなくなったらおかしくなる可能性があるという事か」 「はい」 「なにかあったら殺してくれというのは、彼女に何かあったらという事でもある訳か」 「えぇ、そういう事です」 何処か誇らしげに、そう当たり前のように肯定してくる男の顔が僅かに苛立ちを生む。それもあってかセイネリアは吐き捨てるように彼に言った。 「フン、どこが精神を安定させる方法だ、他人頼りな時点で不安要素が多すぎる」 「そうですね、人によっては依存先が死んだら別の依存先を見つければそれで済むそうですが……私には無理です。だから何かあった場合に私を殺してくれる人が必要だったのです」 この男がこちらと一度剣を合わせてからずっと友好的なのはこれが理由だ。自分より強い人間、自分を殺せる人間がいれば、この男は安心してボーセリングの当主になれる。セイネリアにとってもこの男の申し出は都合が良かったが、この男にとってもセイネリアがいる事が都合が良かった。 まさにセイネリアがいつも交渉で考えている『互いに相手を利用して益がある』状態であるのだが、それでも今回、セイネリアは感情的に気に食わないものを感じていた。 --------------------------------------------- |