黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【65】 「それでは早速仕事の話にしましょう」 そこでアディアイネの顔は作り物のの笑みの方に切り替わる。おそらくこれがこの男『らしい』顔なのだろう、横のカリンが僅かに安堵したのが分かった。 「さて、やっとこちらも新しい体制が整いましたので、変わった部分をザバネッド卿に話してきました。問題ないと言ってくださいましたよ」 「あんたはあのクソ親父と違って腰が低いからな、ザバネッド卿は機嫌が良かったろ」 「そうですね、私の事は気に入ってくださったようです」 「だろうな、あの狸親父の態度はまさに慇懃無礼という言葉通りだったそうだからな、生理的に嫌いな類の人間だとザバネッド卿も言っていた。だからこそ、あの親父を蹴落とすのに協力してくれたが」 するとアディアイネは演技なのか顎に手を当てて、考えるような素振りで聞いてきた。 「そういえば、あの兄が嫌われるのは分かるとしても、そもそもよくザバネッド卿が貴方と会ってくださいましたね。不出来な息子とはいえ貴方に酷い目に合わされた訳ですから、敵視される方が普通でしょう」 いわゆる営業用の話し方だが、探るというより単なる興味があるという感じを嫌味なく出せているあたり、確かにあの狸親父よりは他の貴族から気に入られそうではある。どうやらアディアイネはザバネッド卿の仲介で、狸親父が議会に掛けられる前に他の貴族とも会っていたらしい。おそらくその連中も、あの狸親父よりもアディアイネの方が使い易いと思ったからこそ今回の話に乗ったのだろう。 「理由としては主に、俺はキオットを脅しただけで怪我もさせていないというのと、ザバネッド卿もキオットの素行の悪さに困っていたというのがある。そもそもキオットを養子に出したのも、キオットがとんでもないやらかしをした時にザバネッドの家名を出さないためというのもあったのさ」 「……成程。ではその問題児を大人しくさせる約束でもしましたか?」 「そういう事だ」 「どうやって大人しくさせたのです?」 彼の表情は変わらずただ興味がある程度に見える。それで相手の下に出て話すのだから、自尊心の高い貴族連中ならさぞ気持ちよくペラペラ喋ってくれるだろうと想像出来る。 「キオットの一番困ったところは女グセの悪さだ。今までのやらかしは大抵女絡みらしい。そして俺の配下には娼館がある。あとは考えてみろ」 自分が理由を少しでも話した事か、それとも全部を教えずヒントだけにとどめたことか――アディアイネは少し驚いた顔を見せてから、クスクスと笑った。 「分かりました。確かに貴方の配下にある情報屋は娼館が母体でしたね」 「あぁ」 それで彼はこの件についての話は終わりにしたほうがいいと察したらしい。 実際のところ、ザバネッド卿とのキオットに関する交渉についてはそれで終わる。 キオットに持たせたザバネッド卿あての手紙には、今回キオットが加担していた計画の内容を書いてこちらの報復の正当性を主張した上で、ザバネッド卿の息子であるからキオットを殺さなかった事、ただ今後も同じ事が起こると困るためキオットの行動をある程度コントロールしたい、父親であるザバネッド卿には逐一報告をするから許可してもらいたい――という内容を書いた。 勿論ザバネッド卿が貴族としては割合お堅い人間で、息子の不祥事の揉み消しに苦労している事を分かった上での提案だ。 キオットが今回の報復騒ぎに参加したきっかけはやはりハリアット夫人から言われたらしく、ザバネッド卿もあの女とは手を切らせたくて特に困っていたらしい。とにかく女にだらしなく、女のために見栄を張りまくって問題を起こすのがキオットのいつもの事だそうで、その愚痴を延々聞かされるのが交渉の半分を占めたくらいだった。 結局、最初の交渉ではまずはキオットをハリアット夫人から引き離せたらという事になったので、セイネリアは一つだけザバネッド卿に頼んだ――キオットに対して娼館通いを禁止をしていたのを許可してほしいと。 そうすればあとの事は簡単に進んだ。 許可されて嬉々として娼館街にやってきたキオットを、こちらの配下の娼婦が声を掛けて誘う。キオットの好みを予め調べておいて、それに合った上で頭のいい者を選んであるからキオットは簡単にひっかかった。 すぐその娼婦に夢中になって何でもいう事を聞くようになったから他の女とは手を切らせ、あとはその娼婦からキオットの様子を報告させてそれをザバネッド卿に送ったという訳だ。 とはいえ勿論、それは交渉のきっかけ程度にすぎない。ザバネッド卿自身もセイネリア側の事を調べて、味方としておいた方が都合がいいと判断したというのが一番大きい。さすがに警備隊の責任者だけあって、そしてあの狸親父と長年組んでいたというのもあってザバネッド卿は馬鹿ではない。貴族ではあるが感情だけに振り回されず、損得を考えてうまく立ち回れるだけの頭があった。 ザバネッド卿としては単純に、もっと都合のいい相手に切り替えるために面倒ごとを知っているあの親父を切っただけだ。 --------------------------------------------- |